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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




322 離れを建てる(8)

 何度も書くが、こういうことに関してだけは僕の決断は早い。
 手付けを打つことにした。手付けとは、この土地に関して、僕ら以外との商談をストップさせるための手続きである。その場で確か一万円ほどを支払ったように記憶している。もちろん、支払ったのはこの不動産の所有者となる予定のつれあいであって、僕ではない。

 しかし、一旦手付けを打ってしまうと、これでいいのだろうかと不安になるのが人間の常……かどうかは知らないが、少なくとも僕の心臓の鼓動が早まったことは確かである。いったい庭の景観が損なわれるためだけに大枚叩いて隣地を買う意味があるのだろうか、道楽の度が過ぎるのではとの不安が動悸と共に激しく湧き上がってくるのである。営業マンにそうした気持ちを冗談交じりにちらっと訴えると、彼は「そういう(環境保全のために隣地を買われる)お客様はけっこういますよ」と言う。

 それを聞いて僕はなぜか一挙に安心し、落ち着いた。
 そうだろうそうだろう、一度きりの人生、せっかく買った我が家を鬱陶しい環境にしたくない、これからまだ何十年も住み続けるのだ、買えるものなら買ってしまったほうが、ああ、あのときに買っておけばと後悔するよりずっといい。銀行ローンの借り入れ審査だって、つれあいの勤務先と職種であれば、余程のことがない限りすんなりと通るはずだ。僕の株式投資にしても、今のところそれなりの利益を生んでいる。不安材料を数えだしたらキリがないが、安心材料もいくらだってあるのだ。

 ただ問題は、この項の冒頭に書いたように、住宅ローンには、一定期間内に家を建てなければならないという条件が付いている。だが、家なら既にある。しかも、四人家族が住めるはずの4LDKである。そこに二人だけで住んでいるのだから、在宅仕事の僕が一部屋を仕事用に丸々使ってもなお余ってしまう部屋があるくらいだ。日当たりの良い南向きの一等地にある部屋は、図書室と称して、本や僕の原稿だのがらくただのの収納場所になっているし、階下の和室は、夏の蒸し暑い日に、僕がごろ寝するだけの場所になっていたりする。自分の部屋がなく、部屋の隅っこの半畳くらいを書斎にしているサラリーマンのおとーさんたちに較べたら贅沢この上ない恵まれた住環境が既にあるのだ。それなのに、もう一軒家を建てなければローンが組めないのである。だったら、建てるしかあるまい。しかし、どんな家を?


2006年05月31日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部