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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




340 離れを建てる(25)

 工事が再開され、木部への塗装や壁の下塗りが行われ、土間と玄関と台所に味のあるタイルが貼られた。そもそも汚い使い方、たとえば電気ノコをブリブリ回すとか、将来陶芸で土をひねるようなことが出来るようにと思って土間仕様にしたのだが、タイルを貼ったらとても渋くて美しく、まるで小洒落た店舗のようになってしまった。小粋な椅子とテーブルを置いたら、ちょっとしたカフェである。「なんだか汚い使い方が出来にくくなったなぁ」と僕が言うと、つれあいが「じゃあタイルを剥がす?」と言う。もちろん、そんなことをするはずもないが、しばらくはもったいなくて、蕎麦打ちをする程度の用途に留めておきたいくらいの小綺麗さなのである。

 蕎麦打ちと言えば、『それでいいのか蕎麦打ち男』(残間里江子著)という本がある。僕は未読なのでこの本の内容について云々する資格はないが、「蕎麦打ち男」という語句から即座に連想するイメージは僕にもある。「男の料理」もそのヴァリエーションの一つであろう。男の料理といえば即本格カレーライスのイメージがあり、蕎麦打ち同様やたら蘊蓄を伴い、いかに手間が掛かるかを誇るものであることはまず間違いなかろう。そして、蕎麦打ち男が定年退職前後なら、本格カレーライス男は三十代〜四十代の働き盛りであろうか。彼らの男の料理はどちらもハレとしてのものであり、ケとしての料理、つまり普段食べる日常的な料理ではない。たとえば冷蔵庫の中から余った食材を見繕って適当に料理を作るようなこととはほとんど縁がなさそうである。

 僕はカレーライスもざる蕎麦もたまに作るが、ケとしての料理なのでカレーはこくまろや熟まろの辛口、蕎麦もほとんど乾麺を茹でるだけという半ば即席仕様である。蕎麦打ちなら昔一度だけ蕎麦粉を農協で買ってまねごとをしたことがある。が、茹でたら麺が5〜6cmずつに綺麗にちぎれてバラバラになってしまった。うまく繋がらなかったというわけだ。難しいものだなと思ったが、以来まだ蕎麦打ちへの再挑戦は果たしていない。食べるだけの楽しみなら、そこそこ美味しい蕎麦がスーパーに売っているからだ。無論、カレーライスを作るためにスパイスを何十種類と集めたこともない。



※「離れを建てる」を第1回から読みたい方は、こちら


2006年10月11日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部