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* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




349 離れを建てる 〜short break 佐渡島への旅(7)

 そのよれよれのわがままクソオヤジを連れ出して佐渡島までやってきたわけだが、僕自身はいやいやそうしているわけではもちろんない。前にも書いたと思うが、僕はつれあいと一緒の時間を過ごすのが趣味なので、この状況はそれに義父がオマケというか錘(おもり)として付いているだけのことだ。自分たちだけではなかなか旅行しないので、むしろ、義父に佐渡まで連れてきてもらったとも言える。そのオマケを連れ歩いたり、風呂に入れたり、一緒にごはんを食べたりすることなど、毎日ならばともかく、たまのことなので僕には何でもなく、それはそれで楽しむことにやぶさかではないのである。義父には、つれあいがそうであるように、実は誰にもマネの出来ない天然とも言うべき妙な愛嬌がある。事あるごとに「ホント〜〜にクソオヤジだな」と思うが、その愛嬌がクソの部分の多くを帳消しにしてしまうのである。まぁ誤魔化されてしまうといってもいい。義父は、前の大戦で技官として満州に渡り、九死に一生を得ながら帰還したそうだが、敵国人である中国人にも再三助けて貰ったという。中国人も、義父の愛嬌にきっと誤魔化されたに違いあるまい。

 ほとんど義父の話になってしまって佐渡の話がちっとも出てこないが、実は佐渡に限らず義父を連れての旅行だと、いわゆる観光らしい観光が出来ないためである。車椅子で行けるところならばなんとでもなる。たとえば、西三川のゴールドパークでの砂金取り体験では、俗世の欲が身をもたげたらしく、義父は車椅子を降り、目を金色に輝かせて砂金を追い求めていた。実に楽しげであった。

 だが、名所旧跡がこういう平坦なところばかりとは限らない。案外段差や勾配が急なところが多い。たとえば今回で言えば、ゴールデン佐渡という金山跡地はアリの巣穴のようになっていて、それを見て回るのは義父の足では到底不可能だ。その場合、僕らは義父を車の中に残して自分たちだけ急いで観光するか、もしくは、どちらかが観光して一人は義父に付き添うか、あるいは僕ら二人ともその観光を諦めるか、その都度状況を見て判断することになる。そして、また来ることもあるだろうと諦めて通り過ぎることも多い。前回、甲府に旅行したときには、僕らがうっかり目を離した隙に義父が勝手に動いたため、飲食店入り口の段差の大きな階段で転んで頭を打ち、救急車を呼ぶ騒ぎになった。そういうことがあるから、車に一人残すのも油断出来ない。たとえ短い時間であってもだ。なにしろ、人の言うことを聞かない“わがままクソオヤジ”なのだから。義父を旅行に連れ出すのが「ほとんど仕事」と最初に書いたのは、そうした状態が旅行中休まず続くからである。



※「離れを建てる 〜short break 佐渡島への旅〜」を第1回から読みたい方は、こちら


2006年12月20日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部