* 週刊フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number


写真
---> 拡大表示










356 アニメ監督デビュー(2)〜短編オムニバス映画『Genius Party』

 その一度だけある20歳の時の体験とはこうだ。
 ひょんなことから、虫プロで一日だけ彩色のアルバイトをすることになった。当時、高校の一年先輩でマンガ家志望だったHさんが手塚プロにアシスタントとして勤めていた。手塚プロと言えば、言わずと知れた“マンガの神様”手塚治虫氏のマンガ制作スタジオである。いっぽう虫プロのほうはやはり手塚氏の主催するスタジオだが、こちらはアニメーションを制作するスタジオである。当時、虫プロはアニメラマと称する初の劇場用アニメ映画「千夜一夜物語」*を制作していて、猫の手も借りたいほどの人手不足であった。その猫の手としてHさん共々僕も駆り出されることになったわけだが、その時一緒だった面子にはHさんと仲の良かった萩尾望都さんもいた。Hさんも後にマンガ家になったし、萩尾さんは少女漫画界の新時代を予感させる作品を着実に発表していた頃だから、今思えば実に豪華な猫の手軍団でもあった。

 そのアルバイトで僕らがやったことといえば、わずか2カットくらいの彩色だけである。彩色とは、ご存じの通りペンで描かれたセル画の裏から指定された場所に指定された色のポスターカラーを塗るという作業だ。現在はほとんどパソコンのモニター上で行われている作業だが、当時はもちろん、ほんの数年前まではそうした手作業によるものであった。その2カットほどのセル画に我々猫の手軍団が数時間掛けて色を塗っていったわけだが、それらが時間にしてどれくらいの長さのものかは知るよしもないし見当も付かない。そんな僕らのようなアニメのことなど右も左もわからない超初心猫の手をも借りながら映画は完成し、僕らも試写会を観る幸運に恵まれた。映画そのものへの期待はもちろん、我々の手になるシーンがどのように映るのか、その楽しみを満々に秘め上映開始の時間を待った。が、一瞬だった。「ああ、ここだここだ、このカットだ」と思う間すらなかった。一瞬見覚えのある絵が見えたと思ったら、次の瞬間にはもう次のシーンへと場面が切り替わっていた。瞬きしていたら見逃してしまう、そんな一瞬でしかない出来事であった。アニメ映画とは、かくも途方のない時間と労力を必要とするものであることを思い知らされた瞬間でもあった。



*「千夜一夜物語」
 監督:山本暎一/製作総指揮:手塚治虫/1969年・日本


2007年02月14日掲載

<--Back     Next-->



Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部