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* 連載フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




402 ベースウーマン養成特別講座(12)−Fの壁 #2

 極端に言えば、コードFの押さえ方さえマスターすれば、あとはフレットのポジションを変えるだけで、3コードで作られたほとんどすべてのロックンロールやブルース曲が弾けるのである。要はコードFもF♯もGもG♯もハイポジションのAもB♭もBもCもC♯もDもD♯もすべて同じ指の形をしていることに気がつけば、地球が丸いことも発見するわけだ。つまり、コードFを手中にすれば、地球上のどのギターの国へでも行けることになるのである。ましてや、次の難関B♭をマスターすれば、鬼に金棒とまでは行かなくても、スリコギ以上には破壊力を持つはずである。それなのに、どうしてたかがFごときで挫折するのだろうか、ああもったいない、と僕などは思ってしまうのだが、そう思うのは曲がりなりにもFもB♭も通過した者の傲慢なのかもしれない。

 僕がギターに初めて触れたのはたぶん中学1年生くらいだったと記憶している。Beatlesの出現に熱狂し、矢も楯もたまらず自分も同じように弾いて歌いたいと思ってのことである。こういう少年が当時何十、何百万人もいたに違いない。確かガットギターだったと思う。エレキではない。ナイロン弦ではハードさの点で物足りず、スチール弦を無理矢理張って弾いていたかもしれない。兄が購入したギターなので、四六時中独占して弾きまくるわけにはいかなかったが、それでも指先にはマメが出来、それがつぶれて治るまでの時間が待ちきれず、痛みに耐えながら弾いていたら、今度は皮膚がガチガチに硬くなり、更に弾き続けるうちに皮膚も元の柔らかさに戻った。以来、弦を痛く感じることもなければ、二度とマメが出来ることもなくなった。

 そこまでやっても、音楽の才能だけは如何ともしがたく、ちっとも上手くはならなかったが、少なくともコードFの壁は越えることが出来た。逆に言うと、一度マメを作ってつぶすようなプロセスがないと、コードFの壁を越えるのは難しいのかもしれない。もっとも、当時の普及品レベルのギターは作りがお粗末だったので、マメが出来るほど弾きにくかったということもあろうかと思う。特に国産のE・ギターは黎明期にあり、弦高だったりチュニングが合わなかったりと、楽器としての性能自体が開発途上のものでしかなかった。しかし、エレキブームと呼ばれる時代の到来とともに各社技術革新が進み、老舗楽器メーカーのYAMAHAまで参入するに至って、E・ギターもまた楽器らしいものになっていったような気がする。今は低価格の量産ギターでも、当時のそれらと較べたら格段に弾き易く作られているので、もしかしたら今の人はマメなど作ることなく上達するのだろうか?


2008年05月21日掲載

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