* 連載フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number


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404 最も向かない職業(2)

 子供にもわかるビジネスモデル、それが僕にとってはマンガ家だったわけだが、他にもなんとなく自分にも出来そうな職業というのはあった。たとえば、バスの運転手や車掌。そう、当時は路線バスにも車掌がいたのである。他には警察官やら農家、子供がよく行くおもちゃ屋に貸本屋といったところだが、先祖代々の土地はおろか、当時無限とも思える広大な地球上に一片の土地すら所有していなかった家の子供としては、農家の仕事内容はうすうす理解できても、農家になる方法などないに等しい。似たような事情で、おもちゃ屋や貸本屋も手が届かない。

 バスの運転手は難しい免許が要るらしいし、車掌のほうはワンマンバスになって職種そのものが無くなった。警察官は拳銃を携帯できるので興味津々だったが、自分には向いていない気がした。というのも、警察官は組織人であり、組織の一員になってする仕事はどれも自分には向いていないように思えた。組織人になると、上司の命令に従わなければならないだろうし、拒否権はもとより、我が儘など許されないだろうということくらいは、理不尽なほど集団主義的行動を強いる学校生活の延長から容易に想像がついたわけだ。その想像は、組織を基調とするあらゆる職業に及んだ。つまり、会社員も公務員も党員もヤクザも自分には向いていないと。

 そこで、子供はもう一度おさらいをする。
「自分に向いている、というより、かろうじてこんな僕にも出来る職業は?」と。すると、どうしてもマンガ家に行き着くのである。その結果、初期設定通りに我が儘を通すことを躊躇しなかったために、知る人ぞ知る系のどちらかというと不遇なマンガ家になってしまうのであるが、その不遇なマンガ家がなんとかその時々の生活苦を打開しようと少しは協調性に走ればいいものを、今時の若者よろしくそこへは考えが行かないで、またまた「自分に向いている、というよりは自分にも出来そうな職業」を考えるのである。

 その時々の答えが、たとえばトラックの運転手であったり、一本釣りの漁師であったり。後者には若干のあこがれもあってのそれである。ヘミングウェイの小説「老人と海」に感じる孤独の美学とでもいったらいいのだろうか。いずれにしても組織人ではない。独り、もしくはせいぜい相棒と二人の仕事である。要するに、上に立つこともなければ、人に使われることもない、そんな仕事なら自分でも出来るような気がするのである。

 そんな僕の性格を知ってか知らずか、幼なじみが電話の向こうで何やらおかしなことを言い始めた


(この話、続きます)


2008年06月18日掲載

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