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* 連載フォトエッセイ*

週休六日のススメ

  文・写真/福山庸治 --->Back Number 




414 ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』再演(2)

「僕なんかの絵でいいんですか?」

 思わずそう問い返した。
 僕は音楽座ミュージカル公演のそれまでのポスターを知っている。それはそれは、どれもこれも紛れもなくプロが創った、いかにも洗練された完成度の高いデザインのポスターばかりだ。それらを眺めるのに一番ふさわしい場所がどこかと問われれば、僕は即座に「美術館」と答えるだろう。

「僕なんかの絵」というのは、僕がこれまでメシのタネにしてきた絵はマンガの絵であって、そうした美術館御用達的な絵ではないからだ。もちろん、僕はいわゆるマンガユースの絵以外にも、いろんなタッチの絵を描くことが好きだが、このミュージカルは紛れもなく僕のマンガが原作である。マンガ以外の絵が本命であるはずがない。つまり、「僕なんかの絵でいいんですか?」とは、公演の顔ともいうべきポスターが「マンガの絵でいいんですか?」という意味に他ならない。

 マンガの絵はマンガ用に描かれる。当たり前だが、その用途のために、それぞれのマンガ家が長い時間を掛けながら最適化してきたものである。その最適化の条件とは、可能な限り大量に早く描けるというものだ。ある意味で、美術館の壁に飾られている絵とは対極の用途を持つ絵といえる。


 早速、打ち合わせをした。
 どうやら、「僕なんかの絵」で良いようである。
 もっとも、僕はマンガタッチそのものの絵を描くつもりはない。それは上記したようにあくまでマンガ用途に特化した絵だからだ。なので、マンガと絵画の中間くらいの絵を目指そうと考えた。

 ポスターの前に、公演日程を印刷したチラシ用のイラストをPhotoShopを使って描いた。それは、ほぼそのままでOKが出た。

 問題はポスターである。
 ラフを描いて送ってみたところ、協賛のテレビ朝日やスポンサーサイドからの要望など、色々意見が出たようで、登場するキャラクターを一人ずつバラバラに独立した形で描いて欲しいという要求があった。それをデザイナーが組み合わせて全体をレイアウトするのだという。
 バラバラに描くのは何でもない。人物を絡み合わせて描くよりは遙かに楽である。だが、何故かその作業には妙なフラストレーションが生じるのだった。自分でも驚いた。しかし、その原因は即座にわかった。つまり、僕はマンガ家なのである。マンガ家は部分だけを描く仕事は通常していない。常に話の発端から完結するまでを自分の責任の下に手掛ける。そうして初めて作品が完成し達成感が得られるという、いわば “神”のような傲慢な生き物になっている。しかし、ポスター制作に関しては、“神”はクライアントもしくはデザイナーであって僕ではない。

 たとえばレイアウトのほうの自由を確保するためには、キャラクターの関係性を強く反映した絡みのポーズをとることが難しい。そこでバラバラに描くという要求に応えなくてはならないわけだが、“神”を引きずったマンガ家には、そうしたパーツの仕事にはフラストレーションばかりか、何やら拒絶反応すら生じてしまうのである。丁度輸血を受けた病人のように。

 もっとも、人は何事にも慣れてしまうものだ。
 今頃は、僕のイラストを見事にレイアウトしたポスターが街のあちこちを飾っていることだろう。



※編集部より
ミュージカル『マドモアゼル・モーツァルト』の公演日、チケット等については、音楽座ミュージカル/Rカンパニーの公式サイトでご確認ください。

音楽座ミュージカル/Rカンパニーの公式サイトは→ こちら 



2008年11月19日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部