* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers
東京レトロフォーカス


  文・写真/中山慶太 --->Back Number


写真
---> 拡大表示

モスクワ-5のインドスタールレンズは3群4枚構成のテッサータイプ。ちゃんとコーティングが施されているけれど、この程度の逆光でも盛大なフレアを発生する。カメラの構造上ハレ切りも難しい。これを欠点とするのは簡単だが、現代のレンズでこれだけ派手なフレアが出るものは探してもまず見つからないから、前向きに表現に採り入れるべきだろう。ちなみにこの時代(1950年代)のレンズはおしなべて逆光に弱く、かのライカレンズでも似たようなフレアが発生することがある。
Mockba-5 + Industar-24 105mmF3.5 FUJICHROME PROVIA F (RDPIII) Exposure Data:1/100sec. F=5.6



写真
---> 拡大表示

●プチ連載:
『マリコのphoto diary #2』
わたし。この日の逗子は天気がよくて、風が少し冷たくて、空がきれいで、海の水は澄んでいて、気持ちがよかった。一生自分のことを他の人を眺めるみたいに見ることができないからこそ、自分のことを遠くから近くから、ぼうっと眺めてみたくてしょうがない。だから自分のことを下から撮った。(撮影:脊山麻理子)
Retina IIIc + Rodenstock Heligon 50mmF2 FUJICOLOR SUPERIA400 Exposure Data:Unknown



写真
---> 拡大表示

●今週のお題:
『モスクワ−5(インドスタール24)』
レンズと蛇腹を展開した状態。このモデルはモスクワシリーズの最終形であり、原型となったスーパーイコンタの構造を発展させた形態となっている。外観上の相違点は軍艦部をフラットな形状としたことで、それまでレンズの真上に置かれていた折り畳み式のビューファインダーはボディ内部に収容され、接眼部は距離計窓の隣に移動した。この結果たしかに見た目はモダンになったのだが、レンズとビューファインダーの光軸差はさらに拡大し(オリジナルでは約60mm、-5型では80mm以上)、近接時のパララックスはかなり大きい。
Nikon FE2 + Micro Nikkor 105mmF2.8 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:1/15sec. F=16

 ジャバラの時代 #2

 蛇腹を和英辞典で引くと、ベロウズ bellowsとある。この単語をさらに英和で逆引きすると、鍛冶屋などの竈(かまど)に空気を送り込む『鞴(ふいご)』の意味もある。語尾のsを取り除いた単語は「牛の吠え声、(大砲の)砲声」になるから、鞴が吐き出すくぐもった空気の音、“ゴフッ”という低音でその名を得たのだろう。
 この部材に『蛇腹』という言葉をあてた日本人が誰だったのかは寡聞にして知らないのだけど、たぶん中華街などでおなじみの蛇のオモチャあたりが先にあって、そのイメージを借りたと想像される。または、そもそも中国から渡来した言葉なのだろうか。
 語源の詮索はともかく、ジャバラは寫眞機の焦点調節機構に要求される条件を満たしていた。軽く、伸縮性に富み、余分な光を通さない。しかも山と谷が連続する形状は、レンズ後方で発生しがちな有害光の反射を効果的にカットするというオマケも付いていた。十九世紀のカメラ設計者は前途有望なアイデアの登用を好んだものだが、選手のオーダーが目まぐるしく変わる時代にあって、ひとり蛇腹は不動の存在だったといえる。
 やがて二十世紀に入ると寫眞術は職業写真家だけのものでなくなり、個人が携帯できるカメラがもてはやされるようになった。蛇腹を使った折り畳み式カメラは上流階級の小道具としてもてはやされ、数多くの亜種を生みながら進化していく。その究極の姿が、俗に『スプリングカメラ』と呼ばれるもので、小さなスイッチを押すとボディ前面の蓋が開き、レンズと蛇腹がするすると展開する。撮影を終えて折り畳めばバッグやポケットに入るほどの厚みとなるから、携帯性もすこぶる良い。
 スプリングカメラの主流はブローニーフィルムを使う中判カメラである。だから今の目で観れば“コンパクト”などという言葉は逆さに振っても出てこないけど、長大な蛇腹がボディに収容された姿は立派なコンパクトカメラといえた。
 この優雅な時代を描いた映画を観れば、スプリングカメラは日傘やコーチビルダーの手になる高級車とおなじ扱いを受けていることが多い。すなわち、旧き佳き優雅な生活の象徴として。たいていの映画では、木製の大型カメラは職業写真家の道具であり、総金属製の小型カメラは新興成金の首から吊される。そしてスプリングカメラはといえば、名家の女性がピクニックや小旅行の合間に、華奢な木製三脚に据えて使うものである。
 あるいは僕の思い入れが過剰なのかもしれないが、滅びゆく特権階級の象徴としてこれほど相応しい機械はないように見える。木製カメラほど無骨でなく、箱形カメラの質実剛健な実利主義とも無縁で、総金属カメラの冷徹な計算からも遠い。スプリングカメラは近代の機械技術がフル加速する前に産み落とした、ちょっと洒落た“からくり”だったのだ。

●作例モデル:脊山麻理子


2002年07月10日掲載

<--Back     Next-->



Webmaster :
ammo@tokyo.fujifilm.co.jp
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部