* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers
東京レトロフォーカス


  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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仲良しが多い猿山でなごむ麻理子ちゃん。ところでフレクサレットのシャッター速度はレンズ外周部のリングを回して設定する。僕のIV型はこの動きが軽く、不用意に触れて設定がずれることがある。この作例は他のカット(適正露出)より約1段アンダー、おそらくシャッターをチャージするときに設定が狂ったのだろう。逗子にて。
Meopta Flexaret IV + Belar 80mmF3.5 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:1/50sec. F=5.6



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●プチ連載:
『マリコのPHOTO DIARY #11』
私は幼稚園生のころ、映画「スター・ウォーズ」が流行っていたのに見たことが無くて、この望遠鏡をなぜか噂で聞いたロボット“R2-D2”だと思ってどきどきしていた。今でもこの望遠鏡がどうしてもロボットに見えて、私が目を離している間に動くような気がしちゃう。この写真、大好き!
(文/撮影:脊山麻理子)
Meopta Flexaret VI + Belar 80mmF3.5 FUJICOLOR PRO400 (PN400) Exposure Data:Unknown



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●今週のお題:
『フレクサレット二眼レフ』
フレクサレットの裏蓋は前面下部のヒンジが支点。L字型にガバッと開く。背面上部ヒンジのローライと逆だが、この方式は三脚に固定したままフィルム交換ができるというメリットがある。ブローニーフィルムの装填はイージーローディングの登場でずいぶん楽になった。右がVI型、左がVII型。この両機種は銘板に『オートマット』と入っているけど、これはローライのようにフィルム厚を検知する方式でなく、スタートマークを使うセミ・オートマットだ。
FUJI FinePix S1 Pro + Micro-Nikkor 105mmF2.8 Exposure Data:1/10sec. F=8

 モラヴィアの残照、フレクサレット #6

 チェコスロヴァキア製二眼レフ、フレクサレットはたび重なる改良を受け、最終的に8種類の基本形態を持つに至った*。シリーズの生産期間は足かけ二十余年だから、旧東側ブロックの製品としては異例のハイペースで開発が進んだといえるだろう。
 ところで大戦前後から60年代にかけて、世界各国でこうした“ローライもどき”の二眼レフが製造されたことは前に記した。ところが旧共産圏の製品にはこの種のカメラは少なく、少数の東独・ソ連製品**を除けば、フレクサレットが代表機種といっても過言ではない。
 この理由はいろいろ考えられるが、つまるところ例によってモスクワ主導による経済計画が策定されたためだろう。50年代初頭に東ドイツで開発された“ペンタプリズム付き35mm一眼レフ”は瞬く間に西側世界に飛び火し、60年代にはこれが中判カメラにも浸透することが予想された。そこでソ連は東ドイツをこの型式のカメラに専念させ、チェコスロヴァキアには余命が見えた二眼レフの生産継続を指示する。さすがに計画経済の主導者といいたいところだが、ソ連国内の工場では一眼二眼を問わず、あらゆるタイプのカメラが生産されていたのだ。
 しかも東ドイツが中判一眼レフを完成するや、さっそくこれを模倣した製品を自国の生産ラインに乗せる。さらには西側スウェーデン製のハッセルブラッドまでコピーして生産するのだから、念が入っているというか傍若無人というか、東の宗主国としては文字通り盤石の体制である。
 まあ上記の筋書きにはちょっぴり僕の想像も入っているけれど、それほど外れてはいないだろう。冷戦時代のソ連は西側への対抗意識が過剰で、なり振り構わずの感があったからだ。

 さてさて。カメラの生産体制など大した話ではないだろうが、中欧や東欧の東側諸国にとって、ソ連の圧力はときに支配者の傲慢ともとれるものだったらしい。積もり積もった不満は独裁者スターリンの死後イッキに噴出し、56年に起きたハンガリーの暴動はソ連軍が鎮圧にあたるほどの規模となった。
 チェコスロヴァキアの民衆は、むしろ辛抱強かったといえるだろう。それでも60年代には自由化への運動が活発化し、やがて共産党内部の体制が変わると「オープンで自由な社会主義」のスローガンのもと、さまざまな改革が実行に移される。68年の4月に実現した法改正にはマスメディアの自由化などが盛り込まれ、個人の権利も大幅に拡大した。
 こうして“脱ソ連化”が急速に進行するちょうどその時期、モラヴィアのメオプタ社光学工場では最新のフレクサレットVII型がラインを流れていた。新機能を備えた二眼レフは、新たな時代の幕開けに沸くひとびとを写し取るはずだった。
 だが、カメラのレンズに映ったのは民衆を蹴散らす戦車だったのだ。

●作例モデル:脊山麻理子

*注1)フレクサレットの基本形はI(シリーズ1)からVII(シリーズ7)までの7種類で、これに“スタンダード”(後期に生産された廉価版)という亜種が加わる。またVIとスタンダードを除く機種には小改良版の後期型も存在する。後期型は型式名の末尾に“a”を加えたモデルで、シリーズによって改良点は異なる。IV型とV型には“b”が付くリファインモデルも存在するが、これらは生産台数がきわめて少なく、コレクターズアイテムとなっている。

**注2)東独ではヴェルタ社が50年代初頭まで『ヴェルタフレックス』という二眼レフを製造していた。ソ連では大戦後に少数生産された『コンソモレツ』という二眼レフをベースに、有名な『ルビテル』が開発された。両機種の製造はGOMZを経て、コンパクトカメラで有名なLOMO(レニングラード光学機械協会)に統合され、足かけ五十年以上も生産された。ちなみにこれらソ連製二眼レフはかなりチープなつくり。


2002年10月16日掲載

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