* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers
東京レトロフォーカス


  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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今月は原宿でヘアカットする麻理子ちゃん。いつもアガリを観て感心するのは、彼女の指先がちゃんと演技していること。流石は元オスカー所属ですね。このサロンはアンモでお馴染み、代官山BOYの新しいスタジオ『BOY U』。背景はもうすぐ無くなる原宿同潤会アパート。
Ihagee EXAKTA Varex IIa + Angenieux R1 35mmF2.5 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:1/100sec. F=4



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大きな窓から自然光が射し込んでも、真っ白い壁面と鏡がいっぱいのスタジオはレフいらず。この日は光の変化が激しく、入射光式のスタデラ2で定常光を頻繁にチェックした。TTL露出計のないクラシック機でリバーサルを使うのはけっこうスリリングである。
Ihagee EXAKTA Varex IIa + Angenieux R1 35mmF2.5 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:1/100sec. F=4



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●今週のお題:
『エキザクタ・ヴァレックス』
エキザクタの飛び道具、ギロチン式フィルムカッター。撮影途中にフィルムを切断して露光済みのコマだけを現像する、というこの機構はフィルムが高価だった時代を偲ばせる。撮影済みのフィルムはこのように別のマガジンで巻き取る(マガジンがない場合は通常のスプールで巻き取って暗室で取り出す)。巻き上げスプール交換式の古典カメラはたいていこの“ダブルマガジン方式”が使えるけど、カッターまで装備した機種は稀。この交換マガジンをスムーズに脱着するため、裏蓋は底面と一体化して開く。
Nikon FE2 + Micro-Nikkor105mmF2.8 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:2sec. F=11

 デザインの時代 #4

 エキザクタのスタイリングは独特だ。観る者に“これぞカメラ”と思わせる反面、どこかフツーでない異形の造形を纏(まと)っている。見慣れた日常のなかに、なにか異質なものが紛れ込んでいるようなあの感じ。このカメラを中古店のショーケースで観たひとなら、きっとその感覚がわかるだろう。
 なぜエキザクタが普通のカメラと違うのか。それはこのカメラが左右対称にデザインされているからだ。カメラは右と左で対称があたりまえだろうって? いやそんなことはなくて、通常のカメラは右手で保持する側のボディが長く、左手側が短い。これは程度の差こそあれ、ほとんどの機種に共通したお約束*である。
 なぜこうなるのかというと、ライカ初号機(1913年)を手がけたオスカー・バルナックがそのように設計したからだ。と、これでは説明になっていないのでメカ的な話をすると、右手レリーズ・右手巻き上げという機構のためである。つまり横走行のフォーカルプレーンシャッター駆動機構をレリーズボタンの真下に配置し、さらにフィルムの巻き上げ量を規定するスプロケットギアを巻き取り軸の横に置く。すると必然的にボディの片側が長くなる。通常の右手シャッター機ではこちら側を長くした方がカメラのホールドがやりやすい。
 いっぽうの左手はボディに軽く添え、指先でレンズのピントリングを操作するのが普通だから、そちら側のボディは短い方が都合がよろしい。しかもバルナックのライカはその発展の途上でレンジファインダーをボディに載せたのだが、聡明な彼はこの接眼部を背面左寄りに配置した。このため撮影者はファインダーを右目で覗けば、鼻がボディと干渉する不都合も防げる**。これは鼻高の西洋人には大きなメリットだったはずだ。流石は論理的思考に長けたドイツ人、見事な理詰めのデザインである。
 この基本構成は円柱状のロールフィルムを使うカメラの必然的帰結といえ、二十世紀に造られた“ライカ判”小型カメラの大半は似たようなデザインだった。それが2003年の現在でフィルムを使わないデジタル一眼レフにも引き継がれているのは、人間が両手を駆使してカメラを操作するには「この形態がベストに近い」からだろう。

 こうしてライカの非対称スタイルはその後のカメラデザインの主流になったのだけど、これはメカ配置の必然やもろもろの人間工学的な配慮だけでなく、その造形が絶妙のバランスを持っていたことも大きい(ライカのような距離計連動機でレンズを真ん中に置くとけっこう変である)。だがこの美は工業デザインの成果でなく、職人の知恵が活かされた機械設計の結果として生まれたのだ。
 ライカが距離計を載せて完成の域に近づいた1932年、ベルリンではあのバウハウスが閉鎖される。その翌年、ドレスデンのイハゲー社はエキザクタ初号機を世に問う。そのシンメトリーの造形は、あきらかにライカを超える意図を込めて“デザインされた”ものだった。

●作例モデル:脊山麻理子
●撮影協力:表参道 BOY U(03-5411-1350)

*注1)歴史的に重要な位置にあるカメラでエキザクタ以外に左右対称のデザインを持つものとして、戦後の西側ツァイス・イコンによる『コンタレックス』『コンタフレックス』がある。前者はエキザクタと同様のデザイン優先物品で複雑なメカをツァイスの力業でボディに詰め込んだモンスター、後者はレンズシャッターを採用した小型の大衆機(戦前に同名の超高級二眼レフもある)だ。

**注2)ただし初期のバルナック・ライカは二眼式レンジファインダーの間隔を開けて配置したため、内側のフレーミングファインダーを覗く際には鼻の頭をカメラのホールドに役立てるしかなかった(一眼式レンジファインダーをいち早く採用したコンタックスのユーザーは文字通り“鼻高々”だったはずだ!)。ライカもこの欠点は自覚していたようで、1938年のIIIb型で二眼式のファインダー接眼部を近接させる改良を施している。

 


2003年02月05日掲載

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