* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers
東京レトロフォーカス


  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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ヘアカットを終えてご機嫌のマリコちゃん。アンジェニューは逆光にあまり強くないしハレ切りも難しいので撮影位置は慎重に決めた。ただしこのスタジオは鏡だらけだから、うっかりすると撮影者や撮影機材が写り込んでしまう(#4の作例で僕が写っていたのに気が付きましたか?)。これも大型の鏡に映る虚像。
Ihagee EXAKTA Varex IIa + Angenieux R1 35mmF2.5 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:1/100sec. F=4



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エキザクタ編の最後は仏露のレンズ比較。レトロフォーカス型の代表であるアンジェニューに対して、こちらはおなじ焦点距離の対象型レンズで撮影。 旧ソ連製ジュピター12はツァイスの初代ビオゴンのクローンといわれ、描写性能もよく似ているらしい(製造年代によって若干の差があるようだ:このレンズは88年製)。安価なレンズだけど描写は秀逸、特にコントラストの高さは凄い。色乗りの派手さはツァイスのDNAか。
Arsenal Kiev 4 + LOZS Jupiter-12 35mmF2.8 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:1/125sec. F=4



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●今週のお題:
『エキザクタ・ヴァレックス』
エキザクタのレンズマウントは三本爪のバヨネット。この規格は日本のトプコン一眼レフも採用しており、両者のレンズは基本的に共用できる(ボディのレリーズ位置が左右逆などの問題はある)。エキザクタは交換レンズが豊富で、ツァイスやメイヤー、エナ、シュナイダー、キルフィット、シャハトそしてシュタインハイルなどのドイツ勢に加えてフランスのアンジェニューも純正指定されていた。これに非純正レンズ(なんとニッコールもあるらしい)を加えるととんでもない数になる。まさか全部集めた人はいないでしょうね。
Nikon FE2 + Micro-Nikkor105mmF2.8 FUJICHROME ASTIA (RAP) Exposure Data:2sec. F=11

 デザインの時代 #7

 この原稿を書いていた2ヶ月とちょっとの間、僕は表現主義やバウハウスの本を読みあさり、友人から高価なアンジェニューのレンズを借りて、けっこう久し振りでエキザクタと向き合っていた。
 実を言うとエキザクタで撮る機会はそれほど多くない。ヴァレックスもエクサもフィルムを詰める機会は滅多になく、手持ちのレンズも今回使ったアンジェニューの広角の他には2本のテッサーと、あとは望遠のトリオターだけ。原稿書きの合間に手に取ることは多いのだけど、これでなにかを撮ろうというモチベーションが湧かないのである。
 そうそう、ヴァレックスを使わない積極的な? 理由がひとつある。フィルム巻き上げの途中でレヴァーがストラップに当たるのだ。だからこのカメラを使うときは左手をストラップの内側に通し、手の甲に巻き込んでボディに添えて持つ。これにはストラップを長めにしておく必要があるのだけど、僕はカメラを腹のあたりに下げて歩くのが嫌いなのだ。
 ヴァレックスについてもうひとつ書いておくと、そのデザインは実はあまりバウハウス的ではない。先に記したように、このカメラは戦後の東ドイツでつくられた。軍艦部の意匠も戦後に増改築を受けたもので、原型たる戦前のエキザクタはもっとシンプルでプレーンなデザインである。僕にとってはそちらが真性バウハウス物品であり、ヴァレックスの巻き上げレヴァーやタイム露出ダイヤルは別の様式(ゴシックとかアールヌーヴォーとか)を無理矢理に移築したようにしか見えない。ただしペンタ部のカバーだけはダダイズムっぽくて、つまり引用だらけの折衷様式なのだ。とはいえ僕はこの軍艦部の、カオスのような情景がかなり好きである。

 1933年にエキザクタが登場したとき、すでにバウハウスはヒトラーに弾圧され消滅していた。だから初代のエキザクタはその表現主義的なボディをとりあえず黒く塗って、ナチス親衛隊の制服みたいにして素性を隠した。いやその頃はライカもツァイスもみんな黒塗りだったから、この憶測には根拠がない。カメラのデザインなど、それほど深い考察で顧みられなかったのというのが真相だろう。ヒトラーの近代芸術排斥活動は自然主義の分かり易さを利用して大衆心理を操作するプロパガンダの一環だし、ドイツが再軍備を進めるこの時代、インダストリアル・デザインを真剣に論じる場などは(当のバウハウスを除けば)おそらく皆無だったはずだ。
 エキザクタ一眼レフの左右対称オムスビ形デザインは戦前の初代から戦後のヴァレックス、そして事実上最後のエキザクタたるVX500*に至るまで不変だった。だから誰の目にもエキザクタはすぐに判別できたはずだけど、左右対称はともかくカメラが三角形である必然性はどこにもない。レンズ両脇のボディをスラントさせたデザインは撮影者にとって持ちにくいだけ(そう、エキザクタは恐ろしく持ちにくいのだ!)である。こんなことはシロウトでも分かるはずだが、イハゲーが敢えてその暴挙に出たのは、当時の主流だったレンジファインダー機に対する“一眼レフの革新性”を表現したかったためだろう。黎明期の“アイディー”はユーザーに媚びたりしないのだ。
 エキザクタはけっきょく主流になり得なかった一眼レフだけど、僕はこのカメラが大好きだ。写真を撮るいぜんに道具として美しく、デザイナーの意志を感じさせ、ただ眺めているだけでイマジネーションがふくらむ。そんなカメラは、そうあるもんじゃない。
(この項終わり:次週よりショートエッセイ『古典カメラで道草』を掲載します)

●作例モデル:脊山麻理子
●撮影協力:表参道 BOY U(03-5411-1350)

*注:VX500は東独イハゲー社が最後に手がけた一眼レフで、1969年の発売。同年、イハゲーを経営するオランダ資本はカメラビジネスからの撤退を決め、その生産設備とエキザクタの商標権はペンタコン人民公社に移行した。この結果生まれたのが『プラクチカLシリーズ』をベースとする新生エキザクタ『RTL1000』である。RTL1000はプラクチカのM42マウントをエキザクタマウントに置き換えた兄弟機だったが商業的な成功を収めるに至らず、エキザクタブランドは長い歴史を閉じる。その後80年代に西側資本がブランドを復活させ、東西ドイツの統一後には新生ペンタコンGmbHがエキザクタ銘を持つコンパクトカメラ(アジアからのOEM供給品か)や双眼鏡などを発売している。

 


2003年02月26日掲載

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