* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


写真
---> 拡大表示

連載第二回以来、久し振りに登場の超広角レンズ「ミール20」で撮影。このレンズはウクライナ・キエフのアーセナル工場製。以前に使ったKMZ製M42マウント版の設計を移植したもので、キエフ用は洒落た鏡胴デザインとなる。使ってみると描写には差異があり、光学系も多少違うようだ。
Arsenal Kiev-10 + Mir-20 20mmF3.5 FUJICHROME PROVIA100F (RDPIII) Exposure Data:1/30sec. AE



写真
---> 拡大表示

同じレンズで最短付近まで寄って撮る。キエフ10・15マウントのミール20には複数のバリエーションが存在し、ピントリングの意匠と最短撮影距離が異なる。ここで使った81年製の最短は30cm弱(最後期型は18cmまで寄れる)。麻理子ちゃんの脚のところに出ているホットスポットは露光ムラ、原因は追って書きます。
Arsenal Kiev-10 + Mir-20 20mmF3.5 FUJICHROME PROVIA100F (RDPIII) Exposure Data:1/30sec. AE



写真
---> 拡大表示

●今週のお題:
『黄金期のソ連カメラ(2)』
旧ソ連でもっとも高価なカメラは? 答えはもちろん年代によって変わるが、1950〜60年代にはこの「レニングラード」が飛び抜けたプライスタグを誇ったらしい。製造はカメラと同名の古都に本拠を置いたLOMO(旧GOMZ)工場で、今はチープカメラの代名詞となっているあのロモとおなじ出自だ。ちょっと大柄なLマウントボディにスプリングモータードライブを内蔵、左上のノブを回してチャージしておけばバシバシ連写できる(巻き上げ音はかなりデカイ)。独特の気品を持つデザインと仕上げの良さで愛好する人も多いが、昨今は完動品が少なく、また整備調整もたいへん難しいという。
Nikon FE2 + Micro-Nikkor105mmF2.8 FUJICHROME PROVIA100F (RDPIII) Exposure Data:2sec. F=16

 恐竜の時代 #2

 ソヴィエト連邦におけるカメラ開発は、1950年代の半ばから一気に加速していく。これはスターリンの後を実質的に引き継いだ指導者、フルシチョフの政策に因るところが大きい。非スターリン化を標榜する彼はそれまでの重工業偏重の政策を改め、軽工業の充実を推進したからだ*。これは国力の充実を背景に、国内における消費財の生産供給を促進し、国民の生活向上を図る意図があった。
 ただし重工業界には軍需産業という、国家権力の中枢と密接に関わる産業分野があり、西側への対抗上からこれを弱体化させるわけにはいかない。またこの時期のソ連は宇宙開発に力を注いでおり、ここにも膨大な資本が投下されていた。
 だが、カメラやレンズなどの生産を担当する工場は、いずれにせよ優遇される運命にあった。光学機器は兵器産業や航空宇宙産業とも密接な結びつきがあり、いわば二重のお墨付きを得る“ノメンクラツーラ”的身分にあったから、開発資金の調達に困ることはなかったのだ。

 ともあれ、戦前の資本主義社会でブルジョワジーの玩具としてもてはやされたカメラは、ソ連国民に「社会主義の豊かな生活」を実感させる道具として潤沢に供給されていく。50年代後半にはソ連邦内の少なくとも5つの工場でカメラボディが、およそ10の工場でレンズが製造されるに至った**。これは戦前のドイツや戦後の日本と比べればお話にならない数字にも見えるが、日独においてカメラ製造の裾野を膨大な零細企業や工房が支えていたのに対し、こちらはすべて近代設備を備えた大規模な国営工場である。
 まあ製品のクオリティが工場の規模に必ずしも比例するわけではないし、零細企業が厳しい技術競争に勝ち抜いて大メーカーに育った例も多々ある。またカメラを写真趣味の道具として観た場合、果たして国家主導の体制で造ることが望ましいか、という疑問も生じる。フルシチョフやブレジネフが重度のカメラマニアだったら話は別だろうが。
 ただし戦後の西側社会におけるカメラ生産拠点(その多くは敗戦国にあった)が限られた物資をやり繰りしていた時期に、ソ連の光学産業が飛躍的な進歩を遂げたことは間違いない。彼等は潤沢な資金と豊富な人材、そしてほとんど無尽蔵ともいえる天然資源を投入できたのだ。
 折しも1957年、ソ連は世界初の人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功し、科学技術の優位性を実証してみせた。これに続く数年間、無人月探査機から最初の有人宇宙飛行という偉業に歩を合わせるかのように、ソ連の光学機器業界は相次いで意欲的な新製品を世に送り出していく。

●モデル:脊山麻理子

*注1:スターリンの重工業偏重政策は基本的に戦時経済政策であり、彼は戦後もこれを継続したため軍部の肥大化を招いた。スターリンの死後に首相となったマレンコフは政策の転換を図ったが、軍部の圧力で更迭された。フルシチョフは宇宙開発に連動する「経済的な」核装備の弾道ミサイル開発で軍部をなだめ、軽工業の振興を果たしたといわれる。

**注2:旧ソ連圏のカメラ製造工場はKMZ(モスクワ近郊)、GOMZ-LOMO(レニングラード:現サンクトペテルブルグ)、ARSENAL(キエフ)、FED(ハリコフ)、BeLOMO(ミンスク)が代表的存在。これらの工場の多くは軍需向け光学機器も手がける大規模な「軍産複合体」に組み込まれていたため、その実体には未だ謎が多い。


======================


☆「東京レトロフォーカス」愛読者プレゼント☆

「東京レトロフォーカス」読者のみなさまに、
新登場のリバーサルフィルムのセット
(ベルビア100、ベルビア100F、アスティア100F)
を抽選で3名様にプレゼントいたします。
(応募締切:2003年9月2日)

詳しくは→プレゼント紹介ページ


2003年08月20日掲載

<--Back     Next-->



Webmaster :
ammo@tokyo.fujifilm.co.jp
Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部