* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文/中山慶太 --->Back Number  写真/脊山麻理子


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おばちゃん
中国に行ったとき撮った写真から感じた殺気と正反対ののんびりした空気をタイで撮った写真から感じる。同じカメラで同じ私が撮っているのにちゃんとその国の空気が写る! 私は旅行から帰る飛行機の中でいつも「あーあ、もう楽しみにしていた旅行が終わっちゃった・・・私がいなくなった後もこの町は毎日私にとっての非日常がくりかえされるわけで、なんだかせつない」と忘れていくであろう空気をいっぱい吸い込み、でも忘れちゃうのよね、きっと人間の記憶なんてたいしたこと無いもの・・・とセンチメンタルになっているのだけれど、レチナと出会ってからそのせつなさも減ったよ! 匂いや空気が蘇る写真たちにはやく会いたいなっていうわくわくした楽しみが旅行から帰ってきたあとにできたから☆
(by maRiko / RetinaIIIc)



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タクシーのおじさん
タクシーの運転手っていうのは旅行者にとってその国のおじさん標本だと思う。
誠実そうな人から太った無愛想な人、遠回りをして小銭をかせぐ人、ぼりぼりお菓子を食べながら運転する人・・・最後に乗ったタクシーのこの運転手さんは背中に哀愁がある人でした。
(by maRiko / RetinaIIIc)



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屋台!
屋台、気に入ってママと二人で毎日通ったよ! 100円でたくさんの種類のタイ料理が食べられるなんて、またまた至福のとき!
タイの人々が食べているものと同じ物を注文して料理が出てくるのを待っているときはどきどきしながらも気分はタイの女の子☆屋台の国、ばんざい! 日本にももっと屋台ができればいいのにな・・・
(by maRiko / RetinaIIIc)

東京レトロフォーカス Special Edition
『スナップの達人 #3』


 昔からモノを捨てるのが苦手だ。
 たぶん貧乏性という奴だと思うのだけど、使わないモノがあっても「いつか役に立つのでは」と思ってしまう。書籍や雑誌などは最たるものだが、これは物書きの宿命か。でも仕事のことだけを考えれば、図書館に通うかネットで資料を探した方がずっと合理的だろう。
 いっぽうカメラ機材にもそういう物品は山ほどあって、文字通り掃いて捨てることができたらどんなにスッキリすることか、と思う(もちろん捨てたことはありません)。レンズとボディの間に挟む接写リングなど、ここ数年いちども使っていないのに十種類近く持っている。現実には等倍を超える接写などほとんどやらないから、マクロレンズで用は足りてしまうのだ。
 写真にもおなじことがいえる。僕の場合は凡作駄作失敗作が山ほどあって、現像が上がった時点で切り捨ててしまえば整理もずっと楽になる。この点、デジタルフォトはその場で捨てられるので便利だけど、それでもデリートにはちょっと勇気が要る。切り取られた瞬間がボタンひとつで永遠に失われるという不安と、そこに手を下す後ろめたさ。貧乏性というより、たんに小心者なのかもしれない。

 捨てるといえば、スナップ写真は特にそうだ。フットワークを活かして写真をたくさん撮っていると、どうしても中途半端なものが出てくる。成功率は経験で上がるけれど、100パーセントは難しい。いやむしろ撮れば撮るほど不満が出てくる。これは経験を積むとセレクトの基準も厳しくなるからだ。
 写真はデジタルカメラで練習を積むと早く上達する、という説がある。撮ったその場で確認できるし、大量に撮る場合のコストは銀塩よりはるかに安い。プリントさえしなければほとんどタダである。だから優れた学習効果が見込めるというのだが、これはいちがいにそうとも言い切れない。ネガのプリントやリバーサルのアガリをじっと眺めていると、「ここをこうしていれば」という悔やみが増幅して、次のチャンスに活かそうと思う。その思いは、少なくとも僕の場合、プリミティブなカメラに銀塩フィルムを詰めて撮ったときの方がより深くて、強い。
 いや、これはたんに失敗作を妙に愛おしく感じる僕の性癖のせいかもしれない。捨てるのが惜しいから、どこかに美点を見いだそうとしているのだろうか。

 そういえば今回の写真を選ぶ際に、脊山さんも悩んでいた。よく似た写真を並べてじっと考える。「これとこれ、どっちが良いですか」と意見を求めてくる。他人の写真は冷静に判断できるから、即座に答えを出す。すると彼女は安心した顔をする。そうして切り捨てられた写真は(たぶん)日の目を見ない。
 でも、それで良いのだ。これはスナップに限った話ではないけれど、写真はたくさん撮るだけでは上手くならない。撮った後に悩むことの方が大切なのだ。そうして切り捨てられた写真を、またいつか引き出しから出して眺めてみる。笑ってしまうほどギャップを感じたら、それは捨てた過去が自分の財産になったということなのだろう。

脊山麻理子さん撮影の作品特集、次回は11月第1週に掲載する予定です。


2003年10月08日掲載

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