* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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学業の課題(基礎造形という授業らしい)で制作した作品と一緒に写る麻理子ちゃん。彼女の作品はシルクスクリーン3色刷りの都市風景で、前日までインクだらけになって制作していたらしい。独特の客観的な視点とちょっと捻ったパース感が面白かった。
Arsenal Kiev-10 + Mir-1 37mmF2.8 FUJICOLOR NewPRO400 (PN400N) Exposure Data:1/60sec. F=2.8



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キエフSLRに用意された2本の望遠系レンズから「ジュピター9 85mmF2」を装着して撮影。戦前コンタックス用の「ゾナー」を基にしたこのレンズ、絞り開放では絶妙に軟らかい描写をする。その特性を活かすためやや暗い条件を選び、シャッター速度を低めにして微妙な被写体ブレを加えた。画面左半分のコントラスト低下はフレアだが、この絵では良い効果を与えている。
Arsenal Kiev-10 + Jupitar-9 85mmF2 FUJICHROME ASTIA100F (RAPF) Exposure Data:1/30sec. F=2.0



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●今週のお題:
『キエフ10』
キエフ10のデザインはひとつのモチーフを反復して用いており、俯瞰ショットでもその特徴がよく現れる。軍艦部上面はシャッターダイヤル以外の操作部材が排除され、カメラの全自動化を強く印象づける意匠となっている。ボディに内蔵された巻き上げレバー(フィルムカウンター背後に樹脂製のノブが見える)は感触も良く、フィルム終端まで軽いトルクでスムーズに操作できる。右上面に配されたロゴはキリル文字で“KIEV-10 AUTOMAT”と彫られており、これは同時期に供給されたRF機の「キエフ5」と同じ書体だ。
FUJIFILM FinePix S2Pro + Micro Nikkor 105mmF2.8 Exposure Data:/4sec. F=16

 恐竜の時代 #8

 西側ツァイスが生み出した「怪物」コンタレックスに対するアーセナルの解答は、1964年に提出された。仮想敵の発売から5年*。そのタイムラグは時代性を加味してもけっして短いものではなく、ここに開発の困難が伺える。だがこれは技術的背景と完成したカメラの内容からして無理からぬところである。ウクライナ・アーセナル工場の設計陣は、彼等にとって初の量産SLRに当時の先端をいく機能と意匠を与えたからだ。

 そのカメラ「キエフ10」は未来派のオブジェのようなボディに数々の新機軸を満載して登場した。最大の特徴は自動化された露出システム(シャッター速度優先)にあり、これはSLRで世界初の搭載となる**。AE機構の成り立ちそのものは先行する日本やドイツのコンパクトカメラに準じたものだが、レンズ交換式でフォーカルプレーンシャッターを用いたSLRではボディ/レンズ間で絞り情報の伝達を迅速かつ正確に行う必要があり、技術面のハードルは遙かに高くなる。これを世界に先駆けて実現したアーセナルの技術力は高く評価されるべきだろう。
 その自動露出システムについて簡単に記すと、ペンタ部前面に配された大型のセレニウム・セル(セレン光電池)が光を電気信号に変え、メーター指針を振らせる。この指針をレリーズボタンに連動する櫛状の歯で押さえて位置情報を絞りの制御量に変換し、カムやリングを介してレンズ側の絞りを駆動する。こう書くといかにも簡便な原理のように思える(?)が、測光部にはシャッター速度やフィルム感度という二次的なパラメーターが介在し、また絞り量の伝達機構では多数の部品をスムーズに連携させる必要があるため、システムはかなり複雑なものとなる。
 じっさい、キエフ10のボディ内部にはこの測光〜絞り伝達のための連動機構が入り組んで配され、その組み立てには通常のカメラの数倍の時間を要するはずだ。また分解整備はさらに大変で、熟練のエンジニアでも困難をきわめるという。
 このボディ側からの絞り制御はすでにツァイスがコンタレックスで実現しており、アーセナルの技術者もそれを参考しているようだ。だがツァイスはその先に踏み出そうとはせず、自動化を踏みとどまっている。この事実をもって「ソ連のカメラ技術はドイツを超えた」といえるだろうか? そうかもしれないが、これは資本主義の国では到底つくれないカメラともいえる。あまりに複雑で生産に手間のかかる構造は、コストアップに直結するからだ。もしアーセナルがこのカメラに見合う価格を設定したとしたら、ソ連の写真家たちはその代金を払えたのだろうか?

 キエフ10の内部には他にも独創的な機構が隠されている。その話に触れる前に、もういちどボディを外から眺めてみよう。観る角度によって印象を変えるアバンギャルドなデザインが、実はひとつのモチーフを周到に練り上げてつくられていることに気付く。それはトラペゾイド「台形」である。

●モデル:脊山麻理子

■本稿の執筆にあたってはロシアカメラ研究家の三枝史明氏が運営されるWebサイト『Old Soviet Camera Guide』より多くの示唆をいただきました。

*注1:コンタレックスI型は1958年のフォトキナに出品されたが、その時点ではミラーを自動復帰させる「クイックリターン機構」が搭載されておらず、この改変に時間を要して発売は翌年にずれ込んだ。なおこの機構を世界で初めて搭載したカメラは日本の旭光学製「アサヒフレックスII型」(1954年発売)である。

**注2:自動露出機構を搭載したカメラで「世界初」を謳う製品は無数にある。SLRに限定すると、1958年にフランス・ロワイエ社より発売された「サヴォアフレックスIII」が世界初だろう。これは西独コンタフレックス・スーパーBに一歩先んじたカメラで、外光式の露出計をペンタ部前面に搭載、シャッター速度優先のAEが可能だった。なおこの両機種はレンズシャッターを採用しており、技術的に難しい絞り情報の伝達では有利だった。フォーカルプレーンシャッターを採用したSLRとしてはキエフ10が「世界初のAE機構搭載カメラ」となる。なお同様の機構を持つ日本の「コニカ・オートレックス」は1965年の発売。


2003年10月22日掲載

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