* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文/中山慶太 --->Back Number  写真/脊山麻理子


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小さい頃、私はブランコ乗りの名手だったから、毎日公園でブランコ占拠していたよ。
二人乗りが大好きで、私は上で漕ぐ人。
二人乗りしているあいだずっと自分たちがあかちゃんだったころのエピソードを語り合うの。「あかちゃんのときバターばっかり食べてたらしい」とか「ベビーベットの上でラジオ体操していた」とか。
公園ってノスタルジーに浸れる。公園に行くときのうの事のようにこどものころの感覚が襲うの。せつなさといとしさ、この写真からも感じるの。時がとまる。息がのどにつまるの。たすけて!
(by maRiko / Kiev-10)



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小学生のころ、あと何年学校がつづくのだろう、とうんざりしていたのに、今はあと数えるほどしか学生でいられない。思い出がつまりすぎたかばんだからこれまた淡くせつない。
(by maRiko / Kiev-10)



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東京で育ったから、私にとって東京がふるさと。東京を思うとき目に浮かぶ景色の色は淡くて心にやさしい。ちょうどこの写真のように。ちょっとぼやける。
(by maRiko / Kiev-10)

東京レトロフォーカス Special Edition
『マリコのキエフ』


 すべからく機械には寿命がある。
 どんなに頑丈につくっても、設計にどれほど余裕を見込んでも、機械はいつかは動かなくなる。生き物に寿命があるのとおなじように、絶対に壊れない機械は存在しない。壊れない機械をつくるのは、不老不死や永久運動機関を追い求めるのとおなじ夢追い人の行為である、と書くとちょっと大袈裟か。
 では、なぜ機械は壊れるのか。それは接触による摩滅と物質の経時変化から逃れられないからだ。回転する部品は支点で必ず摩擦が生じ、硬度の低い部品が削られる。オイルやベアリングで摩擦を軽減しても、摩滅をゼロにすることはできない。摩滅が許容範囲を超えたとき、機械は壊れる。
 動かない機械、電機部品はどうだろう。こちらは摩滅とは無縁でも、温度変化や大気による酸化などで物性が変わる。もともと地球上に完全に安定した元素はわずかしか存在しないから、これは無理もないのだ。物性が変われば電気的な性質が変化し、その変化量が一定の範囲を超えると正常な動作は望めなくなる。
 動かさなければ壊れないだろうか? 動かない機械に価値があるか否かはともかく、これも答えはノーである。いや、カシコイ設計者が手がけた機械ほど、動かさずに置くとトラブルを生じるものなのだ。
 だから機械はちゃんと使って、使って使って使い倒して、壊れる前にメンテナンスを欠かさず、それでも壊れたら修理に出す。修理ができなくなったら、それは天命を全うしたとあきらめる。生き物とおなじなのだから寿命が尽きるのは仕方がない( 賢くない設計やいい加減な組み立てや、間違った使い方で壊れるのは故障であって、寿命とは別のことだ)。

 ……と、諦めがつけば苦労はしない。壊れた(壊した?)カメラをなんとか救おうとメーカーや修理業者に電話をかけまくり、修理代の見積もりに肩を落とし、「買った方が安いですよ」と言われながら現物を前に悩んで、無理に笑って修理に出す。そんなことを繰り返していると、やがて悟りの境地に達するらしい。かくいう僕はまだまだ涅槃から遠いので、相変わらず悩んではいるけど、修理代というお布施を繰り返した結果、この世に壊れないカメラなどないということだけは理解できた。
 カシコイひとは買い方を工夫する。クラシックカメラなら相場とあまりにかけ離れたものには手を出さない。多少高くても保証付きで、できればオーバーホール済みのものを狙う。けっきょくその方が割安になることが多いのだ。
 いちばん危ないのは、保証もなく修理部品も存在せず、しかも修理を請け負ってくれる業者がない物品である。こういうブツに手を出すなら相応のリスクを覚悟しなければならず、フグの肝を食すくらいの心構えが必要だ。普通のひとはそんなカメラに出逢う機会は滅多にないけど、僕のように好んで獣道を選んで歩く人間だと話は別である。ここ数ヶ月のあいだ取り組んでいるキエフSLRはその好例で、特にキエフ10は難物だ(僕はこれまでに4台買って、完全に作動するものには未だに巡り会えていない)。
 ここに掲載した脊山さんの作品も、露出オートが不安定で、しかもシャッターに持病をかかえたキエフ10で撮ってもらった。ちゃんと写ってるカットもあれば、意味不明に露出を外したもの、画面の一部に露光ムラを生じたものもある(もちろん理由はちゃんとあって、その話は次号以降で書きます)。まったく困ったものだと思いながらセレクトしていくと、これが普通のカメラにない味があってなかなか悪くない。
 で、面白いからと自分で使ってみてもなかなか似たような写真が撮れない。この気まぐれな写真機は、どうやら相手を選ぶらしい。どっちにしても完全な修理はほとんど不可能なので、しばらくこのまま使ってみようと思っている。
 そう使い手に思わせるということは、僕のキエフ10はまだ天命を全うしていないのだろう。

脊山麻理子さん撮影の作品特集、次回は12月第1週に掲載する予定です。


2003年11月05日掲載

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