* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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キエフ10/15はAEで適性露出を外れるとシャッターがロックされる。これは手ブレぎりぎりの低速でなんとか撮ったカット。メカニカルなものを背景に置く時はなるべく絞り込んだ方が良いのだが。
Arsenal Kiev-10 + Helios-81 50mmF2 FUJICOLOR NewPRO400 (PN400N) Exposure Data:1/30sec. AE



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旧ソ連製レンズは「モノクロのトーンが出しやすい」と評価する人が多い。もちろん例外はあるけど、(カラーフィルムをあまり意識しなかった)60年代までの製品はモノクロ適性が高いような気がする。そういえばこの国のレンズはごく最近まで(現在でも?)モノクロ撮影用フィルター付属で売られていた。
Arsenal Kiev-15 + Mir-1 37mmF2.8 FUJIFILM NEOPAN 400 PRESTO Exposure Data:1/125sec. AE



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●今週のお題:
『キエフ10/15』
キエフSLR用に用意されたレンズは全部で6本。写真の20mm、37mm、50mm、85mm、135mmが単焦点で、他にズームレンズが1本存在する。エレメントはすべて単層コートで、その色調がレンズ毎に違うのは(製造年代によって多少のバラつきもあるが)硝材が異なるためだろうか? 絞り羽根はキエフ10/15のシャッター幕に似た金色に輝き、見た目は綺麗だがフレアの原因になりそう。
FUJIFILM FinePix S2Pro + Micro Nikkor 105mmF2.8 Exposure Data:1/4sec. F=16

 恐竜の時代 #10

 キエフ10が登場した1960年代、世界のカメラメーカーは同時多発的におなじ命題を追い求めていた。その代表的な例が電子技術の応用(による撮影支援)であることは前に記した通りだが、機械技術の分野にもいくつかのトレンドがあった。なかでもSLRにおけるクイックリターンミラー、そして金属幕を使ったフォーカルプレーンシャッターは今に続く重要な技術といえる。
 さて。話はいきなり基本に返って、カメラのシャッター機構にはおおきく分けてふたつの種類がある。シャッター幕をフィルム面の直前に置く「フォーカルプレーンシャッター」と、レンズ側に置く所謂「レンズシャッター」である。
 両者の歴史は古く、二十世紀に撮られた写真の大半はこのふたつのシャッターで切り取られたものだ。先に登場したのはフォーカルプレーン型で、起源をたどれば十九世紀まで遡る*。その代表的な方式はカメラのフィルム開口部を挿む形で一対のドラムを配し、この間を二枚の布幕が走行する「布幕横走りシャッター」で、60〜70年代までの一眼レフの大半がこのシャッター機構を搭載している。
 いっぽうのレンズシャッターは、セクターと呼ばれる複数の金属板を光軸周囲の円周上に配置した構造で、動作は絞りに似ている(シャッターと絞りを共用する場合もある)。この機構はレンズ内部または背後に置かれるため、ボディ側はすっきりとコンパクトにまとめることができる。
 両者はそれぞれに長所と短所があり**、どちらが優れているとはいえないのだけど、1960年頃の雑誌記事を読むと双方の優劣が大真面目に議論されている。そういう不毛な議論はともかく、当時のエンジニアたちもフォーカルプレーンシャッターの布幕には疑問を感じていたようだ。ゴム系の遮光塗料を綿の布に塗布した素材は経時変化が避けられないし、レンジファインダー機ではレンズを太陽に向けると簡単に穴が空く。なにより、光り輝く金属のメカに前時代的な布製の部品は似合わないではないか。ならばシャッター幕を金属に換えてみてはどうか?
 この試みは1930年代にツァイス・イコンが実践し、コンタックス・レンジファインダー機に搭載している。その金属の鎧戸は長方形の画面の短辺、すなわち上下方向に走行するもので、左右長辺を走る布幕シャッターを凌ぐ高速化を果たした。だがこれは商店のシャッターと同様の構造を持ち、新世代のカメラに採用するには無理がある。
 では、従来のメカを基本にシャッター幕の素材のみを金属に置き換えてみてはどうか。いっけん安直な手法だが、これはたしかに有効だ。ただしカメラ内部に無理なく収める(ドラムに巻きつける)ためには布幕と同様の柔軟性を持った特殊金属が必要で、50〜60年代には大量生産されるカメラの部品としてはいささか難があった***。
 ここで機械技術者たちはひとつの合理的解答にたどり着く。一枚のシャッター幕を軸に巻き付ける慣習から逃れ、カメラ内部に収納可能な小片に分割してしまうのだ。たぶんこの手法は古くから研究されていたはずだが、具体化されたのは60年代のことである。
 そして、その形式は東西でまったく異なるものだった。

●モデル:脊山麻理子

■本稿の執筆にあたってはロシアカメラ研究家の三枝史明氏が運営されるWebサイト『Old Soviet Camera Guide』より多くの示唆をいただきました。


*注1:フォーカルプレーン式シャッターの基本形は1892年に英国で考案された「ソルトンシャッター」で、すでにスプリングローラーに巻き付けた布幕を走行させる形式がとられている。またレンズシャッターは1903年に登場した「コンパウンドシャッター」に起源を求めることができる。フリードリヒ・デッケルが考案したこのメカニズムは後年の「コンパー」の原型といわれる。

**注2:レンズシャッター方式は原理的にフラッシュやストロボに全速度で対応し、シンクロ速度が低速側に限定されるフォーカルプレーン方式に大きな差を付ける。反面レンズ設計に影響を与える、SLRでは遮光が難しい、機械式では精度を保つことが難しい、高速化が難しいなどの弱点がある。ちなみにレンズシャッター搭載機として世界で初めて1/1000秒を実現したのはフジカ35SE(1959年)である。

***注3:布幕を金属幕に置き換えた「メタルフォーカルプレーンシャッター」は1947年にイタリアのガンマ(GAMMA)が実現している。ただしこれは堅い金属板を円弧状に走らせる方式で、かなり無理なメカといえた。通常のドラムに巻き付ける方式で金属幕を採用したのは1957年のニコンSPが世界初(後幕のみ)。幕素材には当時最先端の技術で圧延加工を施したチタニウムが採用されていた。


2003年11月12日掲載

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