* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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イスラミック・モスクの異邦人マリコ。礼拝堂の内部は暗く、手持ちがギリギリの厳しい条件だがカラーバランスは良く保たれている。今回の撮影で驚かされたのがこのミール1の素晴らしい性能だった。
Arsenal Kiev-15 + Mir-1 37mmF2.8 FUJICOLOR NewPRO400 (PN400N) Exposure Data:1/15sec. F2.8



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モスクと神社をハシゴするとどっちの神様が気を悪くするだろう? こちらもかなり暗い条件。ヘリオス81は開放付近で背景のボケが渦を巻く。これは原型のビオター(東独ツァイス製)50mmも同様で、このクセを避けるにはF5.6あたりまで絞る必要がある。
Arsenal Kiev-15 + Helios-81 50mmF2 FUJIFILM NEOPAN 400 PRESTO Exposure Data:1/30sec. F2.8



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●今週のお題:
『キエフ15』
露出コントロールをすべて左手側にまとめたキエフ15の軍艦部。巨大なダイヤルの外周はシャッター速度設定用、内周はフィルム感度設定とレンズの開放絞り設定。最内周に突き出たノブで露出計の感度を切り換える。エプロン上部の小ダイヤルはマニュアル絞り/オート設定用。これらの操作はファインダー内のメーター指針を見ながら片手で行える(ただし露出決定とピント調節は二段構えの操作となる)。アクセサリーシューはアーセナル初の?「ホットシュー」。
FUJIFILM FinePix S2Pro + Micro Nikkor 105mmF2.8 Exposure Data:/4sec. F=16

 恐竜の時代 #12

 今週もキエフ10のシャッターの謎は解けていない。原稿を書く手を止めてカメラを手に取り、ためつすがめつしていると、実はこのシャッターは「パラノイアなデザイナーが台形モチーフにこだわった結果では?」などという疑念がアタマをもたげてくる。
 いや、そこにはちゃんと理由があるはずなのだ。キエフ10は紛れもない国営企業が、ソヴィエト国家の威信を賭けて送り出したカメラである。だから技術者に敬意を表しつつ、ない知恵を絞って考えてみる。
 まずこのシャッターが直線運動ではなく円運動を利用している点に注目しよう。同様の作動原理を持つメカニズムには、オリンパス・ペンFなどが採用した「ロータリーシャッター」がある*。あちらは半月状の円盤を回転させるもので、キエフの方式とは構造が異なる。ただし幕が円弧を描くところは一緒で、キエフ10/15の扇形シャッターと同様に幕速は支点から遠くなるほど速くなる。これが直線運動なら露光ムラを生じるところだが、スリットを円弧状に移動させる場合は角速度が一定のため均一な露光が可能となる。
 動力の伝達効率はどうだろう。バネの力を利用する機械式シャッターの場合、直線運動より円運動の方が効率は高いはずである。効率の高いメカを使えば幕速を上げることができ、より高速のシャッターも実現する可能性がある。といっても、キエフ10/15のシャッターは1/1000秒までで、これは当時の標準的なスペックなのだが。
 カメラのメカとしてもうひとつの重要な案件、スペース効率をみてみよう。キエフの場合、これは明らかに問題がある。扇形(実際には6枚の幕はすべて異形で扇形ではない)の金属幕は面積が大きく、後幕・先幕を退避させるためにかなりのスペースを要求する。といってもキエフ10/15の内部にはメカニズムがぎっしりと詰まり、デッドスペースなど皆無なのだけど、このシャッターユニットを別のカメラに転用しても小型化は難しいだろう。またシャッター幕が退避する場所がフィルム給装メカと干渉するため、本来は一対あるべきスプロケットギアの片側が省略されているのも問題だ(これが原因でフィルムのパーフォレーションを削ることがある)。
 シャッター幕の表面が金色に輝いているのは何故だろう。この理由もハッキリしないのだが、レンズの絞り羽根も同様なので、これらの部材には特殊な軽合金が使われているらしい。金色は耐蝕性を高める表面処理の色であって、素材固有の色でないことは確かである。
 と、ここまでの推理は我ながら怪しいのだけど、ついでに書いてしまうとこのメカはコパル・スケア(1960年)とオリンパス・ペンF(1963年)の両方に影響を受けながら、独自の結論を模索した結果のように思える。コパル・スケアの技術は海外のメーカーも導入しており、キエフSLRもこれを用いることは可能だった**。にもかかわらずアーセナルが自社開発のメカ(必ずしも成功しているとは思えない)にこだわったのは、キエフ10が「ソ連の独自技術を象徴するカメラ」の役割を与えられていたからだろう。
 さて、そのフラッグシップもやがて新世代に交代するのだが、ソヴィエトカメラをめぐる情況は確実に変化していく。

※次号は番外編「古典カメラでモノクロ」をお送りします。

●モデル:脊山麻理子

■本稿の執筆にあたってはロシアカメラ研究家の三枝史明氏が運営されるWebサイト『Old Soviet Camera Guide』より多くの示唆をいただきました。


*注1:「ロータリーシャッター」という区分はレンズシャッターやフォーカルプレーンシャッターとは別の定義。オリンパス・ペンFの他には米国のマーキュリーやドイツのロボットなどに採用例がある。

**注2:コパルの社史には「1963年にソ連カメラ使節団が来社、翌年に対ソ連シャッター技術輸出契約調印」と記されており、60年代後半にはKMZ製の「ゼニット」シリーズにコパル型シャッターが搭載された。ただしこの技術輸出の時期はほとんどキエフ10の発表の直前であり、アーセナルは独自のシャッターの設計を終えていたはずだ。ちなみにキエフ10/15の後継機である「キエフ17」以降の機種にはコパルの技術が活かされている。


2003年11月26日掲載

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