* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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135mmの画角は難しい。というか、街なかではこの焦点距離に必然性がある被写体がなかなか見つからない。望遠ズームに吸収される以前、みんなこれで何を撮っていたのだろう?
Leica M3 + TeleElmarit-M 135mmF2.8 FUJICHROME ASTIA100F (RAPF) Exposure Data:1/125sec. F5.6



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運良くツボに嵌る被写体に巡り会えればしめたもの。撮影レンズは30年以上前の設計だけど、この立体感あふれる描写は今でも第一級の水準だろう。
Leica M3 + TeleElmarit-M 135mmF2.8 FUJICHROME ASTIA100F (RAPF) Exposure Data:1/125sec. F8



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ライカレンズの鬼っ子、テレエルマリート135mm。望遠域でピント検出精度に難のあるレンジファインダー機の弱点を克服する目的で企画されたもので、光学系はSLRのライカフレックス用レンズと同一。マウント部の「ゴーグル」に設けられたレンズが、M型ライカのファインダーを1.4倍に拡大する(ファインダー視野枠は90mmのものを使用する)。これでピント精度は飛躍的に高まり、望遠域でも難なくピントが……合うようになれば、もっと人気が出ただろう。カナダライツが製作を担当したレンズで、これは1973年から数年間造られた前記型。
Nikon FE2 + Micro-Nikkor105mmF2.8 FUJICHROME PROVIA100F (RDPIII) Exposure Data:2sec. F=16

東京レトロフォーカス Special Edition
『古典カメラの買い物術 #3』


 カメラショップ巡りやオークションウォッチを繰り返していると、知らぬ間に機材置き場がいっぱいになっている。よくあることだ。いや実はちゃんとわかっていて、とりあえず気がつかない振りをしているのだけど、とにかく置き場所が足りなくなるのは困ったものだ。クルマと違って車庫代もかからないカメラは、増殖に歯止めをかけるのが難しい。クルマとおなじで、一度に使えるカメラは一台だけなのに。
 置き場所が無くなった時点で買うのを止め(ることができ)れば、なにも問題はない。そんなことは不可能だから、手持ちの機材に序列をつけ、身分の低いものから売って空き地をつくる。その空き地にはひとつ上の序列の機材がスライドして……これではいかにも悪循環である。
 じっさい、苦労して探して買い込んでも肌に合わない物品は必ず存在するから、こういう悪循環もやむを得ない。とまあ、これは言い訳だ。時間とお金と空間に制限が無ければ、手持ちの機材は多いに越したことはない。これはほとんどやけくそだが本音である。
 カメラ機材にカースト制度を強いることなく、家人に白眼視されることもなく、なるべく穏便に機材棚を埋めていきたい。もしもあなたがある朝目覚めてそう考えたら、一刻も早く手元の買い物リストを書き直そう。とりあえず暴飲暴食の生活を改め、じゃなくて、世評の高いものに無節操に手を出すのを止めて、コレクションの意識を持つべきなのだ。
 テーマはなんでもいい。財布が軽ければチープなブランドに拘っても面白いし、体力に自信があるならロシア製の反射望遠レンズのコレクションとかモードラに長尺フィルムバックを付けたニコンF2とか、そういう重い機材ばかり集めるのもまた一興である。僕の場合はチェコのメオプタ社とか東独ウェルタ社のカメラとか、主にそういうマイナーな機材をテーマにしている(ウェルタはいくつか大物があって手強い)。
 もうひとつ、これは一般性に欠けるのでお勧めはしないけど、敢えて不人気の物品に手を出すという道もある。なんでそんなことをするのかといえば、答えは単純明快、不人気物品は安価に手にはいるからだ。
 たとえば135mmの望遠レンズ。昔は立派な地位を持っていたけど、今ではこの焦点距離はズームレンズに吸収されてほとんど新製品が出てこない。だから一昔前の高級レンズも、ちょっと考えられないような値段で入手できる。性能は折り紙付き、造りの良い品が多いから手にした満足感も充分だ。サイズはちょっとばかし大きめだけど、まあ茶筒みたいなものなので機材棚への収まりもいい。
 え? それで何を撮るのかって?

 そう、どんなに安くても使い道のない機材を増やすくらいなら、高価でも使い倒せるカメラとレンズを少しだけ持って、あまったお金をぜんぶフィルムや現像代やデジタル機材に回した方が健全だ。そんなことは日本の常識、教科書の目次の次のページにでっかい文字で書いてある。ただしその格言を素直に受け入れるには、たぶん回り道も必要なのだ。時間とお金と空間に制限があるひとがカメラをコレクションするなら、それが回り道だと肝に銘じておくことが肝要なのだと思う。
 僕みたいにケモノ道を好んで歩く人間にも、いつか涅槃の境地は訪れるのだろうか。


2004年01月21日掲載

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