* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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世界一明るいレンズで夜の街を散歩する。こういう物品をは旅先で持ち歩くのはいろいろな意味で荷が重いのだけど、ごく稀に「持ってきて良かった」という場面がある。幸運ではない、散歩に誘ってくれたのはレンズなのだ。
Leica M3 + Noctilux-M 50mmF1.0 FUJICHROME ASTIA100F (RAPF) Exposure Data:1/50sec. F1.0+1/2



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エジプトの夜は遅い。日付が変わるころになっても、道にひとの姿が途切れることはない。エスナの街にて。
Leica M3 + Noctilux-M 50mmF1.0 FUJICHROME ASTIA100F (RAPF) Exposure Data:1/25sec. F1.0



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からくり好きには堪えられないのが西独フォクトレンダーのカメラ。プロミネントは戦後の同社最高級機で、いっけん普通のボディには例によって「とんでもない仕掛け」が隠されている(これを説明するとものすごく長くなるので、詳細はまた別の稿にて)。写真は57年に発表されたIa型、装着レンズは50mmF2のウルトロン。戦前のシュナイダー社で数々の名レンズを設計したトロニエ博士の設計。トロニエは有名なノクトンの設計者としても知られるが、このウルトロンも素晴らしい出来映えだ。
Nikon FE2 + Micro-Nikkor105mmF2.8 FUJICHROME PROVIA100F (RDPIII) Exposure Data:2sec. F=16

東京レトロフォーカス Special Edition
『古典カメラの買い物術 #4』


 自分がほんとうに欲しいものがわからなくなる。前にも書いたように、それはカメラ屋巡りをしているときに顕著である。ウインドーに並んだカメラを眺めていると、どれも魅力的にみえる。「この手のカメラはもう腐るほど持っているから」なんて口に出しても、それは言い訳に過ぎない。手に入れるのは(お金さえあれば)簡単だけど、買わない理由を考えるのは難しい。

 ある時もうれつにフォトンが欲しくなった。ご存知の方も多いと思うけど、例のスプリングモータードライブを内蔵した米国製カメラである。ゼンマイ仕掛けの給送メカなんて、実際たいして役に立つものじゃない。でも物欲は理屈を超えたところから、ある日とつぜんに脈絡もなく湧いてくる。その時はおなじベル&ハウエル社のムーヴィーカメラを弄くっていて、「そうだ、フォトン買おう」と思ったのだった。
 で、いつものように銀座に出掛ける。フォトンはけっこう値の張るカメラ(たぶん米国製の35mmカメラでは上から三番目くらいに高い)なので、そういうカメラの出現頻度が高いのはやはりギンザである。といっても、年に二回くらいしかお目にかからないレア物件だから、ぜんぜん期待はしていない。
 妙なカンが働いたのか啓示を受けたのか、なんと三軒目くらいで目指すカメラにでくわした。ウイスキーのフラスク(飲んべえが尻のポケットに突っ込むアレ)みたいな楕円形のボディに、洒落た茶色のモロッコ革を貼り付けたボディが、周囲のライカに負けない存在感を放っている。といっても、これはフォトンのボディが大柄なせいだろう。でもボディの縁に刻まれたモールドの飾りなど、ドイツの質実剛健とは一線を画して、いかにもお金持ちの趣味の道具というムードである。
 お店のひとに頼んで触らせてもらう。軍艦部にちょっとアタリがあること、貼り革がすこし剥がれていることを除けば、外観は良の部類。ファインダーの「見え」も悪くない。レンズも綺麗だ。さて、ゼンマイを巻き上げてシャッターを切ると、狭いお店にいた他の客がいっせいに振り返った。
「音、でかいですね」という僕の言葉に、お店のひとは「いやこんなもんですよ」と涼しい顔をしている(ギンザのカメラ屋の店員とはポーカーをやらない方がいい)。もう一度シャッターを切ると、音だけでなくショックもでかい。 周囲の目線を意識しながら、さらにもう一度……。

 けっきょくその日に判断を保留したおかげで、それいらいフォトンには触っていない。意を決して次の日に出向いたときには、棚のスペースに別のカメラが鎮座していたからだ。どこかの愛好家がさらっていったあのカメラは、その後どうなったのだろう。
 それから僕の興味は別の方に向かってしまったから、もう米国製カメラに大枚を払う気になることはないだろうけれど、あのときのフォトンの感触、滑りやすいモロッコ革のひんやりとした手触りは今でも鮮明に思い出せる。そして、なぜその場で決断しなかったのかもよくわかる。それは「純粋に写真を撮るために」カメラを買おうとしたからだ。
 旧いカメラはただの道具ではない。気に入ったカメラに出会えたら、理屈をつけずに手に入れた方がいい。世の中に使いやすいカメラはたくさんあるのだ。そう、ほんとうに腐るほど。


2004年01月28日掲載

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