* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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薄暮の東京駅をエルマリート28mmで撮る。初代から数えて三代目になるレンズはコントラストが高い現代的な描写で、こういう条件でも立体感が出る。この写真だけを観るとほとんど気になるところはないが……。
Leica M3 + Elmarit-M 28mmF2.8 FUJICOLOR NewPRO400 (PN400N) Exposure Data:1/15sec. F5.6+1/3



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こちらはトポゴン型のオリオン15。カラーフィルムの使用を前提としない時代の製品ゆえ、発色はイエローが強くやや濁る。画面全体のコントラストは低めで、画面中央部(窓の下の壁面)の解像度も充分とはいえない。開放付近では周辺減光も大きめだ。欠点の多い描写だが、建物上部の線を見て欲しい。僅かなタル形の歪曲収差を残すエルマリートに対して、オリオンは歪みがほとんど無いのだ。
Leica M3 + Orion-15 28mmF6 FUJICOLOR NewPRO400 (PN400N) Exposure Data:1/15sec. F6



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オリオン15をM-Lリングを介してライカM3に装着。レンズ前玉の最頂部はボディから僅かしか突出せず、短いアルミ製鏡胴はフードの役割を果たす。指やストラップを写さないようご注意! 絞り環は鏡胴内側の光学系前面に位置するため、操作性はあまり褒められたものではない。Lマウントのオリオンはライカの距離計に完全連動する(最短は1メートル弱)けれど、M3は50mmより長焦点側のフレームしか持たないため、構図確認用には別体のファインダーが必要だ。

東京レトロフォーカス Special Edition
『クラシックレンズの修辞法 #1』


 旧いカメラを使うのは面白い。そう考えるひとはたいてい、ヘヴィメタルな機械カメラの操作感触を愉しんでいるはずだ。写りは二の次か、または「いっぷう変わった描写を面白がる」ことが多いだろう。高忠実度の記録を物差しにするなら、旧いレンズは最新の製品に勝ち目はない。
 そう、古典カメラを実用に供する際、マイナスポイントはそのレンズにある。機能の制限は操作の習熟でなんとかなるけれど、光学設計の限界を乗り越えることはできないからだ。
 旧いレンズを擁護するひとたちは、ふた言目には「描写に味がある」という。いっけん尤もないいぶんだけど、これは“ものは言いよう”、たんなるレトリークに過ぎない。こういう曖昧な言葉を安直に口にするひとには、論拠を明快に示していただきたい、と(たまに)思う。
 こんなことを書くと「言葉にできないから味なのだ」と反論されそうだけれど、光学はれっきとした学問だし日本語には豊かな語彙がある。ライカ使いの偉い写真家の言葉をいつまでもコピペしてるだけでは、古今のレンズ設計者の方々に申し訳がないではないか。
 前置きが長くなった。今月はちょっと個性的なクラシックレンズの描写について書いてみよう。

 子供のころに学校の課題で悩んでいたとき、兄が知恵を授けてくれたことがある。課題とは教室の壁に貼る大判の日本地図をつくることで、手元にあるのは地図帳だけ。どうすれば正確に拡大できるか、その方法がわからなかったのだ(拡大縮小のできるコピー機など身近にない時代の話である)。
 兄の助言は「先ず手元の地図を升目を引いた紙にトレースしろ。次に大判の紙に拡大したマス目を引き、対応するエリアの中をなるべく忠実に描け」というものだった。
 いかにも原始的な方法だけど、なるほどこうすれば正確なプロポーションを保てる。グリッドを細かく区切ればディテールの再現性も高めることができるだろう。
 この手法、実際の地図制作とも無関係ではない。地図の基本は三角測量だけど、空から撮った写真で地図を造る「航空測量」は大量の画像をつなぎ合わせてつくる(さいきんは衛星写真も使われているようだ)。撮影には専用のカメラが用いられるが、レンズにはおおむねふたつの条件が課せられる。解像力と歪みの少なさだ。解像力が高ければ地上のディテールが正確にわかるし、高高度から撮影してもディテールを保てれば撮影枚数を少なくできる。
 もうひとつの条件、画像の歪みの少なさはいっそう重要だ。真っ直ぐな線が曲がって写ったら正確な地図ができないし、画像をつなぎ合わせることもできなくなる。この歪みの多寡を、光学技術では歪曲収差という。真っ直ぐな線をきちんと再現するのは簡単なようで、実はけっこう難しい。
 航空測量用レンズの歴史は古く、実はライト兄弟が飛行機を発明する前から存在する。モンゴルフィエ兄弟が熱気球を発明したのが18世紀後半、ダゲールが写真術を完成させたのが19世紀前半(どちらもフランス人だ)。そして本格的な航空測量用レンズが発明されたのは19世紀最後の年、考案者はドイツ・ゲルツ社のフーフ*である。彼が考えたレンズ構成は単純明快、曲率の大きい二枚のメニスカスレンズを前後対称に配置することで収差をうち消したのだ。「ハイパーゴン」と名付けられたこのレンズはエレメント配置が完全に前後対称だから歪曲収差は皆無、これはシンプルで効果的な解決法だったけれども欠点も多かった。明るいレンズを造ることが難しかったのだ。
 ではどうすれば歪曲収差のないレンズを明るくできるか。この答えをみつけたのはおなじドイツの光学技術者、リヒター**だった。彼が1935年に発表した「トポゴン」によって、先のハイパーゴンの欠点はかなり克服された。ではそれほど優秀なレンズが、なぜ現代では消えてしまったのだろう。そこに写真用レンズの奥深さがある。

*注1:エミール・フォン・フーフはドイツ生まれの光学技術者。なおゲルツ社はカール・パウル・ゲルツが主宰する総合光学企業で、19世紀から20世紀初頭のドイツで一大コンツェルンとして君臨したが、第一次大戦後の不況で他企業と合併して「ツァイス・イコン」となる。

**注2:ロベルト・リヒター博士は名門フォクトレンダー社を皮切りに、ゲルツ〜ツァイスの光学部門を渡り歩いた光学技術者。特に航空測量用レンズの開発で有名。


2004年02月04日掲載

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