* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文/中山慶太 --->Back Number  写真/脊山麻理子


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ヘリコプターの羽はたくましい。
ヘリコプターに近づくまでヘリコプターの羽がこんなにもたくましいとは気がつかなかった。
ヘリコプターはかっこいい男の子の二の腕みたいだ。
さりげなくこんなにもワイルドでクールなタグを記している刺青入りの腕。
近づいて見なければ気がつかなかったよ。
Don't stop to swim the sky, keep going till you lost wings!
(by maRiko / Retina Ib)



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ヘリコプターに乗っているとき、ある唄の歌詞が耳の中でぐるぐる回った。
君がいるのはステキなことだ。優しくなる何もかも。君がいるのはイケナイことだ。
悩み疲れた今日もまた。空を飛ぶのはステキなことだ。不安と希望で心おどるから。
空を飛ぶのはイケナイことだ。いつかくる下降におびえるから。
自分の存在の小ささを、想像を絶するほど美しく、刹那的で、儚い夕日の中のヘリコプター飛行で感じたよ。一個人の悩みは広大な地球の美しさを前にしたら二酸化炭素のようなものだ。きっと・・・?!
(by maRiko / Retina Ib)



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「いつから私は“大人”になったの?」ってこの男の子を見ながら思ったよ。意識の中で、自分の記憶のある限り、私は子供のときのままなんらかわっていないのに、体はいつのまにか大きくなり、いつのまにか地に足つけて歩いている。毎日毎日、一歩一歩歩いてきただけなのに、気がついたら長い道のりを進んでいた。この子はどこを歩いていくのかな、私はどこへたどり着くのかな。生きるって不思議。
(by maRiko / Retina Ib)

東京レトロフォーカス Special Edition
『目測の達人』


 シンプルなカメラで写真を撮るのはむずかしい。
 子供のころ、家に何台ものカメラがあった。1台あれば充分なのに、なぜいくつも必要なのか。理由は知らないけど、たぶん写真好きの父が自分の愛機と家人用を分けたのだろう。または、そういう名目でカメラを増やしていったのだ。僕なんか最初から開き直って増やしているのに、男らしくない父である。
 家にあるいちばんの高級機はニコンF2で、もちろん中坊の僕には触らせて貰えない。ふだんから自由に触れて、旅行の時などに持たせて貰えるのはコンパクトカメラだ。機種は忘れたしカタチもまったく記憶にないけれど、撮影はピントをシンボルマークに合わせてレリーズを押すだけ。いわゆる「ゾーンフォーカス」というシステムだった。
 名前はたいそうな仕掛けのようだが、シンボルマークは「人がひとり」と「三人」と「山」の三種類だけ。つまりポートレート、集合写真、風景というような使い分けで、このみっつがあればファミリーフォトのニーズは満たせる、とメーカーは考えたのだろう。もちろんこれで百発百中にピントが来れば、オートフォーカスなんていらない。ちゃんとシンボルマークを選んだつもりでも、アガリはピンボケ写真の連発である。父にそういう写真を見せると、決まって「お前はヘタクソだ」とあきれ顔で言うのだった。
 ピントが合わないのは自分が下手なせいだ。そう思いこんでいた僕に救いを与えてくれたのは、修学旅行の時に借りた一眼レフだった。ニコマートというそのカメラを使うと、百発百中でピントが合う(というか、ちゃんと合わせようとすれば合わせられる)のだ。
 まあなまじっかピントが見えるものだから、ぐずぐず合わせているとシャッターチャンスを逃す。でも昔の中坊の旅行写真なんて、今風のストリートスナップとは十光年くらい離れたものである。旅行から帰ると、観光地を往く級友たちの姿が、ピントだけはちゃんと合ったプリントで上がってきた。それで僕は満足し、同時に世の中のヒエラルキーというものを実感したのだった。

 クラシックカメラの世界にも、実はこの種のヒエラルキーが存在する。特に欧米のカメラには、ひとつのシリーズ機種のなかに距離計を積んだものとそうでないものが設定されている場合が多い。距離計のない機種は「目測機」と呼ばれ、普通のカメラオタクはあまり手を出さない。理由は上に書いた通りで、とにかくピント合わせが容易でないからだ。
 特にこの連載で採り上げているようなクラシック機の場合、ゾーンフォーカスみたいな生ぬるいサービスはない。撮影者は被写体との距離を目測で判断して、レンズ鏡胴の目盛りをそれに合わせる。これは修練が必要なので、気合いと根性がない者は去れ、の体育会系スパルタカメラである。
 ところが目測に慣れれば、これほど有用なスナップ機はない。キャリアの長い愛好家にはわざわざ目測機を選ぶひとも多いのだ。そのあたりの事情はこの連載でもいずれ書く予定。
 ところで、この連載でおなじみの脊山麻理子さんがこの4月に就職することになった。彼女は大学の卒業制作でも写真をテーマにした(賞をもらったそうです)というくらい、クラシックカメラが大のお気に入りである。そこで卒業記念に秘蔵のレチナ1bをプレゼントしたのだけど、このカメラは以前にも紹介したように、なかなかの難物だ。レチナ使いのマリコでも、流石に今度は手こずるはず、と思ったら……。
 ここに掲載した写真は、彼女が最初に手にした目測機で撮った作品である。フィルム2本撮ってピントの打率は4割以上。その強打者ぶりもさることながら、写真にあふれる絵ごころが今までのカメラ(距離計付きレチナIIIc)に増して伝わってくる。このひとには、シンプルな目測機の方が向いているのかもしれない。
 僅か二千台しか製造されなかったタイプ019/0の目測レチナ、僕の生まれ年につくられたカメラは、こうして素晴らしい使い手と巡り逢ったのだった。

※読者の皆様より多くのリクエストをいただいた脊山麻理子さんの作品は、今後も随時掲載の予定です。お楽しみに。

※次号より「スクエアフォーマットの誘惑」連載開始。


2004年04月07日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部