* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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昭和初期の街にタイムスリップした麻理子。今回のロケーションは東京・小金井の「江戸東京たてもの園」。これは最新のウクライナ製カメラとレンズで撮影したもので、ボディはちょっと気まぐれだけどレンズは第一級の性能を持つ。
Arsenal/Arax 60MLU + MC Vega-28B 120mmF2.8 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/250sec. F5.6



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第二世代のエルマリート28mmとプロビア400Fで撮影。カナダ・ライツの設計製作になるこのレンズ、現行の同スペックのものより明らかに暖色寄りの発色だ。借り物。
Leica M3 + Elmarit-M 28mmF2.8 FUJICHROME PROVIA400F Exposure Data:1/125sec. F2.8+1/2



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ドイツ製TLRといえば王者ローライがあまりにも有名だが、こちらはフライタルに本拠を置いたウエルタ・ベルクが1954年から数年間生産したウエルタフレックス。旧東独では数少ないTLR(二眼レフ)で、ローライとは対照的にシンプルで質実剛健な成り立ちを持つ。レンズにはマイヤのトリプレットなどが用意され、この個体は珍しいROW社(顕微鏡などを生産していた)のレクタン75mmを搭載する。知名度の低いレンズだけど、描写性能はきわめて優秀。戦前から続く名門ウエルタの製品には高級機は少ないものの、上品でちょっと洒落たカメラが多い。

スクエアフォーマットの誘惑 #2

 さてさてスクエアフォーマットの2回目は、二十世紀のなかばに四角いアタマのスウェーデン人が傑作をものする以前に遡る。はたして正方形のフォーマットを最初につくったカメラはなんだったのか、これは調べてみたけれどちょっと分からなかった(たぶん19世紀の硝子乾板かシートフィルムを使う木製カメラだと思う)。
 今につながる金属カメラでスクエアな画面を持つ機種といえば、TLR(二眼レフ)のローライフレックス・シリーズが有名だ。ドイツのフランケ・ウント・ハイデッケ社*が生み出したローライは、ステレオカメラを母体にモダンなTLRとしたもので、最初の製品からロールフィルムを使う6×6cmのスクエアフォーマットを売りにしていた**。
 ところでローライに限らず、TLRを使ったことのあるひとなら分かるはずだけど、このタイプのカメラの成り立ちはスクエアフォーマットとの親和性が高い。ファインダーは上から覗く構造だから、タテヨコの切り換えがない正方形は理に適っている。構造の面でも、撮影レンズの上にビューレンズを重ね、その固定ミラーの背後にフィルム室を設けた構造はきわめて無駄がない。長方形画面のカメラではなかなかこういう収まりの良さは得られないと思える。
 ローライTLRの革新性はもうひとつ、全金属製のボディとしたことだ。これはそれ以前の箱形ボディを持つボックスカメラからの発展だったけれど、高級機の主流だった蛇腹を用いた折りたたみ形式と決別した意義はすごく大きいと思う。なぜかというと、厚みのある箱形のカメラなんて、持ち歩きにはゴロゴロして邪魔なものだ。だからTLRを肩から下げて出掛けるときは「ついでに写真も撮ろう」なんて思わない。その時代、ヘビーメタルな箱を持ち歩くということは、今の時代でノートパソコンを持ち歩くのとおなじくらいにテクノロジーで武装するという意識があったように思える。と、まあこれは私見です。

 ローライTLRが登場した当時、ロールフィルムを用いる中判カメラはほとんどが6×9cmの画面を持つ「ロクキュウ」が主流だった***。1920年代に登場した写真用のロールフィルムは映画用と異なり、給送のためのパーフォレーション(フィルムの両脇に空けられた穴)を持たない。だからカメラの設計者はいくつかの規格から好きな画面サイズを選ぶことができたのだが、最初はだれもが長方形を選んだ。ちなみに6×9の規格をそのまま縮小するとライカ判(36×24mm)になる。
 このライカ判というのは今のフィルムカメラの大多数が採用する規格で、なぜその画面比率が中判でも好まれたか、といえば答えは単純なのだけど、そのあたりの話は次号にて。

●モデル:脊山麻理子


*注1:フランケ・ウント・ハイデッケ社はドイツの名門、フォクトレンダー社出身のパウル・フランケとラインホルト・ハイデッケが1920年に設立した企業。同社の製品はアイデア満載の仕掛けと高品位なつくりが特長で、TLRにもSLRにも名機は多い。1970年代まで隆盛を誇ったが日本製の低価格カメラとの競争に敗れて勢いを失い、経営権を海外資本に譲り渡すなどして命脈を保った。現在はふたたび地元ブラウンシュバイクの資本で運営され、スタジオ用カメラや趣味性の高いTLRなどを生産している。

**注2:1929年に登場した最初のローライTLRは6枚撮りの117フィルムを用いていたが、すぐに12枚撮りの120フィルム規格に対応した(どちらも画面サイズは6×6である)。

***注3:ローライTLR初号機とおなじ年に発売されたツァイス・イコンの「イコンタ」は6×9判で、後に6×4.5判や6×6判が追加された。なお現在の中判フィルムを用いるカメラのフォーマットには6×4.5(セミ判)、6×6、6×7、6×8、6×9、6×12などがあるが、ロクナナとロクハチはずっと後年の規格。数字はすべてセンチ単位だが、実画面サイズはやや小さくフィルムの短辺側が56mm前後である。


2004年04月21日掲載

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