* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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東独カール・ツァイス・イエナ製広角レンズで撮影。このレンズはプラクチシックス/ペンタコンシックス用に短期間製造されたもので、口径比2.8の明るさを持つ。ご覧のように歪曲も小さく素直な描写のレンズだが発色はややイエローが強い。
Arsenal/Arax 60MLU + Carl Zeiss Jena Flektogon 65mmF2.8 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/125sec. F8



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最新型のエルマリート28mmとプロビア400Fで。こちらは前回の第二世代に比べずっと寒色寄りのモダンな発色でコントラストも高い。ライカレンズもどんどん現代的になっている。ところで脊山さんが首から下げているのはフォクトレンダー・プロミネント、その作品は次週お目にかけます。
Leica M3 + Elmarit-M 28mmF2.8 PROVIA400F Exposure Data:1/125sec. F2.8+1/2



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東独KW(カメラベルク・シュテッテン)社が1956年に発売した中判SLR、プラクチシックス。後に同社はVEBペンタコンに組み込まれ、カメラの名称も「ペンタコンシックス」となる。主任設計者は初期の35mm判プラクチカ・シリーズを担当したジークフリード・ベーム技師で、この中判カメラもプラクチカをそのまま拡大コピーにかけたような設計。コンパクトで実利的な成り立ちは良いとして、ファインダー視野率は70%前後しかないのでまともに構図をつくれない。ツァイス・イエナ製をはじめとする優秀な専用レンズが泣くようなカメラだけど、旧ソ連製・現ウクライナ製のキエフ中判カメラが共通マウントで使えるのが救いだ。

スクエアフォーマットの誘惑 #3

 今週も本題からすこし離れて、フィルム画面の比率の話である。近代的な写真機が登場した当時、なぜ6×9判やライカ判が主流になったか。それは2対3というタテヨコ比が、黄金比(1:1.6)にきわめて近かったからだという*。え? 黄金比って何かって? それはユークリッド幾何学に関係する現代美術の概念で、理論は僕には理解できないけど、古代ギリシャの彫像や神殿にこの比率がもちいられている、という話は聞いたことがある。まあ「いろいろあるけどいちばん美しく見える比率」ということにしておこう。
 ではなぜライカ判の長辺は24mm×1.6=38mmではないのか。それはこの規格が、もともと映画用フィルムをもちいてつくられたものだからだ。映画用フィルムのひとコマのサイズは18mm×24mm(これも黄金比を意識して決められた規格らしいけど、長辺はやはり寸足らずである)。ライカ初号機を設計したオスカー・バルナックはその実画面サイズを正直に倍にした。というのはその当時はフィルムの性能が低かったのと、フィルムを縦に走行させるシネカメラと違ってスチルカメラは横走行の方が収まりが良いので、わりと単純に画面サイズを決めたらしい。じっさいには試行錯誤があったそうだけど。

 現代美術や幾何学は苦手なので、話を逸らそう。もともと映画や書籍やTV画面が長方形とされるのは(その比率が美しいか否かは別にして)、人間の視野と関係があると思う。僕らが両目を開いた状態で得る視野のタテヨコ比は、ライカ判の比率に近い。これは太古の昔、草原で外敵から身を護るような必然から決まったのだろうけど、まあ映画や写真の画面は視野のカタチに合わせておくのがまっとうなやり方だ。縦構図の写真はともかく、縦長のスクリーンで観る映画というのは想像を絶している。
 だから正方形の画面が世の中に定着したというのは、考えてみればけっこう不思議なことなのだ。

 ローライフレックスが受け入れられた理由として、タテヨコ切り換えが不要ということは前に書いた。写真を撮るひとなら誰しも、被写体にレンズを向けてカメラを縦に構えるか横にするかで迷った経験はあるだろう。それをとりあえず考えなくて良い、というのは凄いことだ。また印画紙は長方形(これも何故か独自の比率である)だから、スクエアフォーマットで撮った写真はトリミングしない限り必然的に余白が出る。この余白も味わいがある。昔の欧米のグラフ雑誌などでは、正方形の写真を巧みにレイアウトに取り込んで優れた効果をあげているものも多い(日本の雑誌メディアでこういう例はほとんどなかった)。
 でも、もしもスクエアフォーマットがローライをはじめとするTLRだけに寄り添った規格だったら、今ごろは一部の趣味人が愛好するマイナーな規格として埋もれていただろう。ひところは隆盛を誇ったTLRも60年代のなかばから小型カメラとの競争に破れ、ほとんどのメーカーがこの形式を放棄したからだ。
 その危うい規格が今にいたるまで命脈を保ったのは、たぶん1台のカメラの登場によってである。

※次号は脊山麻理子さんの作品を特集、スクエアフォーマット編は5月12日更新分より再開します。

●モデル:脊山麻理子


*注:ちょっと調べてみたところ、黄金比(黄金率)にはふたとおりの定義があって、ひとつは1:1.6。もうひとつは1:1.4(平方根)だという。両者の違いはどこから来るのか、またライカ判の画面がこの中間値ということに何か意味はあるのだろうか? ご存知の方は編集部までメールをください(他力本願ですみません)。


2004年04月28日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部