* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文/中山慶太 --->Back Number  写真/脊山麻理子


写真
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今は立て替えてしまって思い出の中だけに存在する逗子のおばあちゃんの家。
家に入ったときに感じるにおい、机、空気感、今だって目を閉じればすぐ思い出せる自信がある。
だけどね、この写真を撮った部屋に入ったとき、時空がずれた。
私は今、どこで、何をしているの。
遠くに聞こえる海の音を聞きながら何もすることのない休日を畳の上ですごしていたときの、やけに生々しい感覚が私の心を襲った。
心のゆれがこの写真には表れている気がする。
たしかにこのとき私の心は時空のずれを感じていたから。
(by maRiko / Prominent Ia)



写真
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この靴、毎日、毎日、はいていたよ。
どうしてっていうくらい毎日はいていたよ。
ついこの間まで、本当に毎日はいていた。
なのにね、この写真を見たとき、この靴のことを忘れている自分がいることが発覚したの。
悲しかった。
大人になるってこういうこと?
当たり前に感じていたことを、気がついたら忘れていくの?
この靴の存在みたいに・・・
私は抵抗する。
写真を撮ることで、忘れいく気持ちのログをとることで抵抗したいと思う。
(by maRiko / Prominent Ia)



写真
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まぶしい。
青い空はまぶしい。
私の瞳は今こんなにも青い空を映し出せるだろうか。
青い空を見上げると、涙で何も見えない。空を見ても海を見ても涙があふれそうになる。
澄んだ青さは今の私にはまぶしすぎる。
(by maRiko / Prominent Ia)

東京レトロフォーカス Special Edition
『幸福の黄色いレンズ』


 想い出はいつからセピア色になったのだろう。

 昔から色の心理学というものに興味があった。たとえば信号機の色設定、あのトリコロールは誰もがなんとなく納得しているけれど、ほんとうに赤は「危険」で青は「安全」のサインに相応しいのか。青色に興奮して、赤色に安らぎを覚えるひとはいないのか。子供心に疑問だったし、いまでも本気で信じているわけではない。
 そんなことを考えるひとはあまりいないとしても、仮説の立証を拠りどころにする学問の世界では昔から実験が行われていた。なんでも半世紀以上も前には某米国巨大企業傘下の研究所が、人間を真っ赤な部屋に何日も閉じこめて反応を調べる、みたいな実験をやっていたらしい。社会学の分野では有名な話だというけれど、ほとんど拷問である。
 行きつけのレストランの料理人に、食欲が沸く色は何色か、と訊かれたこともある。料理の盛りつけの参考にしたかったようだ。「韓国料理なら赤でしょう」と答えたけれど、そこはフレンチのお店だった。
 真っ赤なソースのかかったフランス料理が顧客に受け入れられるか、そこのところは検証の余地がある(赤ワインを大量に使うソースだって流石に深紅ではない)として、色彩は人間の行動心理と密接に結びついているようだ。多くの場合、それは人間の脳に生まれつき刻み込まれているらしい。赤い色が危機意識を喚起するとしたら、血液の色となにか関係があるのかもしれない。

 ところでTVや映画、雑誌メディアなどでは回想シーンの映像をセピア色に着色する習慣がある。これは色彩心理学などとは別の、後天的な記憶によってつくられたメソッドだ。セピア(淡い茶褐色)は写真のフィルムや印画紙が退色した状態に共通のトーンで、これが映像表現に採り入れられたのはカラーフィルムが普及したあとのこと、つまりまだ半世紀ほどの歴史しかない。
 普通のフィルムでセピアを表現するにはいろいろな手法がある。いちばん手っ取り早いのはレンズに茶褐色のフィルターを被せることだ。一眼レフならファインダー上でも効果を確認できる。そこまであざとい効果はいらない、もうちょっと自然な味付けを、という場合は昔のレンズを使ってみるのもいい。製造後数十年を経た古典レンズは、おおむね黄変が進んでいる。もしかするともともと黄色かったのかもしれないけど、特にある種の銘柄は猛烈に黄色い。
 僕の手元にあるなかでいちばん黄色の着色が強いのは、西独フォクトレンダー社の「ノクトン」「ウルトロン」の2本(どちらもプロミネント用)だ。不思議なことにレンズを光に透かして、これより黄変が進んだレンズもあるのに、フィルム上での着色はこの2本がいちばん強く感じる。理由は定かでないけれど、こういうレンズで撮ると澄んだ碧空の下の風景もぼんやりと濁り、どこか懐かしい空気が写る。
 いわゆるセピア調ではないとしても、これはレトロっぽい風景によく似合う。今回の写真(レンズはノクトン)を撮った脊山麻理子さんも感傷的なコメントを添えてくれた。このレンズを設計したトロニエ博士は天才的な技術者として知られている。不幸な戦争を経験した博士は、もしかすると「幸福は過去の記憶のなかにある」と信じていたのかもしれない。

※脊山麻理子さんの作品特集、次回は7月第1週に掲載の予定です。お楽しみに。


2004年06月02日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部