* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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スクエアフォーマットにはシンプルな「日の丸構図」が似合うという説もある。確かに素直な絵にはなるけど、これで奥行きのある画面構成をするのはけっこう難しい。ここでは強い斜光によるシャドーの潰れを逆手にとって影絵のようなイメージを強調してみた。
Arsenal/Arax 60MLU + Arsenal Zodiak 30mmF3.5 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/250sec. F8



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「井戸水を汲む女」。魚眼レンズのカーブミラーのような歪曲を手なずけるのは難しいけれど、あまりスクエアに考えず遊んでしまった方が良いかもしれない。
Arsenal/Arax 60MLU + Arsenal Zodiak 30mmF3.5 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/250sec. F8



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ハッセルブラッド500C/M。レンズシャッター版ハッセルの第二世代として1970年に登場、多くのプロカメラマンに愛された名機である。強靱なスウェーデン鋼をプレス成形した筐体はきわめて軽量、しかも大きなアールを持つ稜線は分厚いメッキ処理が施され手に馴染む。やや古典的な外見だがデザイン上の遊びはほとんど無く、むしろすみずみまで機能に裏付けられた造形といえる。装着レンズはこれも銘球の誉れ高きプラナー80mm。俗に「白玉」と呼ばれるサテンクローム仕上げだが、このマルチコート版(T*の刻印付き)はごく短期間のみの製造。

スクエアフォーマットの誘惑 #7

 名機ハッセルブラッドの話が佳境に入ったところで、熱心な読者より助言のメールを頂戴した。本稿執筆時の疑問解決に役立てば、という有り難いお申し出である。お礼を申し上げるとともに、ここに内容を紹介させていただきたい。
 まず五丹誠二さんのメールは黄金比(黄金率)の定義として「これは長辺を半分にしてもタテヨコ比率が不変のカタチ」という点を看破されている。1:1.4を黄金比とするなら、確かにこれは何度半分にしても縦横比が変わらない唯一の比率で、古代ギリシャ人はそこに美を見いだしたのかもしれない。
 身近な黄金比といえば、工業規格で定められた紙のサイズ(A4やB4などの系列)がそうだし、印画紙もこれに近い。ただしフィルムカメラの画面規格でこの比率をもちいたものはほとんど無く*、ここにフィルム画面(ロール状のフィルムから好きな比率で切り出せる)と印画紙の比率が異なる理由が隠されているのかもしれない。
 いっぽう以前にも誤記の指摘をくださった井田博敏さんからは、この連載第2回の「1920年代に登場したロールフィルム」という記述に対し「世界ではじめてロールフィルムを使用したカメラは1901年生まれのKodak No.1 Brownieである」という指摘をいただいた**。さらに連載第1回で存在しないと記した丸い写真については「1895年に発売された世界初の大衆向けカメラのBulles-Eye Kodakは印画紙に丸いフォーマットでプリントされた(コダック社にフィルムごとに送るプリントが返送された)」という事実があるそうだ。ちなみにこのカメラは本体に四角いアパチャーを持っており、自家処理では正方形の画面が得られるという。
 写真術が誕生してやがて2世紀、その歴史は膨大な知的情報を含んでおり、僕もなかなか情報の在処を探れずにいるのが実状だ。なので読者の皆さんにこうした貴重なご意見や助言をお寄せいただけるのはまことに有り難い。不明を恥じつつ、お二人には重ねて御礼を申し上げます。

 さて本題に戻って、1948年に世界デビューしたハッセルブラッドは何故「変えたくても変えられない」カメラになったのか。例によってすこし横道に逸れつつ考えてみよう。
 今ではいささか廃れたならわしだけど、かつて欧米では服飾や宝飾のブランドでそれを身につけるひとの氏素性を量ることができた。これは社会の階級(収入とイコールではない、いわば家柄)と直結していたから、選ばれる銘柄には必然があった。ブランドは所有者の属性をあらわすアイコンだったのだ。
 意味はまったく違うけど、カメラブランドにも「ユーザーの属性をあらわすアイコン機能」がそなわっていた。報道の現場で多く使われたカメラには頑健な道具のイメージがあり、ファッション系カメラマンの愛機はどこかお洒落な雰囲気を漂わせる。ユーザーはそういう幻影を自分の撮影スタイルに重ね合わせてカメラブランドを選んだのであり、それはアマチュアフォトグラファーの愉しみでもあった。
 ……と過去形で書くのは、カメラの価格が相対的に下がって、複数のブランドを所有するひとが増えているからだ。ふた昔くらい前までの一眼レフなど、交換レンズなども揃えるとけっこうな出費を強いたから、気軽な浮気なんかできなかったのだ。
 これはアマチュアだけでなく、プロも一緒である。もちろん職業写真家がイメージに左右されることはすくない筈だが(しかし彼らももとはアマチュアだったのだ)、そこにはシビアなコスト意識がある。ハッセルブラッド社はその急所を突き、見事な成功をおさめた。「プロの要求に合理的に応えるシステムカメラ」というアイコンを身に纏うことで。

●モデル:脊山麻理子


*注1:ちなみに中判のフィルム画面では6×9判(2:3)は半分にすると6×4.5判(4:3)になって縦横比が変わる。これは35mmのライカ判(2:3)とそのハーフサイズ(4:3)でも同様。

**注2:20世紀初頭のコダック社のロールフィルムはNo.0、No.1、No.2、No.2A、No.3、NO.3Aなどと呼ばれ、フォーマットサイズが細かく規定されていた。ちなみに現在の120や127などの数字で呼ばれるようになったのは1913年からという。いっぽう英国では21/4A(米国の117相当)、21/4B(120相当)と呼ばれるロールフィルム規格が定着していた。(井田氏提供の資料による)


2004年06月09日掲載

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