* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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初期型Cレンズ(モノコート版)で撮影。やや古典的だが独特の軟らかい描写は魅力的、特にアウトフォーカス部の溶けるようなボケは見事。
Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Planar-C80mmF2.8 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/250sec. F5.6



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モデルさんのスペックは非公開だそうです。
Leica M3 + Elmarit-M28mmF2.8 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/60sec. F4



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ハッセルブラッドはこの4つのパーツで構成される。型式名の500C/Mとは、実は真ん中のボディ(暗箱部分)を指しているに過ぎない。フォーカルプレーンシャッターを搭載したシリーズ(初期の1600〜1000F、中期の2000系そして現在の200系)と違い、この500系ボディはミラーボックスに近い。フィルムマガジンは引き蓋(遮光板)を装着しないと外れず、ピントフードはマガジンを装着した状態では外れない安全設計。ファインダースクリーンは初期の500Cでは固定、この500C/Mから交換が可能になった。

スクエアフォーマットの誘惑 #9

 ハッセルブラッドの初号機1600Fはそのモデル名が示す通り*、シャッターの最高速1600分の1秒というハイスペックで世界を驚かせた。今となっては凡庸な数値だけど、中判カメラでこの速度をうわまわる機種が普及したのはずっと後年のことである。しかもそれまでのレコードホルダーは戦前コンタックスの1250分の1秒だったから、これは当時にあって耳目を集めるに充分なものだった。またコンタックスが画面面積のちいさなライカ判だったのに対し、こちらはブローニーサイズの画面をカバーする大型シャッターユニットでの記録なのだから、写真界がスウェーデンの新星に注目したのも無理はない。
 前にも書いたように、ビクター・ハッセルブラッド博士はこの高速シャッターに相当な執着を持っていたらしい。設計者のパーシー・スヴェンソン技師はそれを実現するために、従来のフォーカルプレーンシャッターで常識だった布幕の採用を止め、100分の12ミリという極薄のステンレススチールを幕素材に起用した。しかもその金属膜は強度を出すために波形のプレスラインを入れるほどの凝りようだった**。
 ただしこの設計は安定した幕速を保つうえでかなり無理があったようで、1600Fの登場から僅か4年後には最高速を1000分の1秒に抑えた1000Fが登場する。また当初は米国コダック製のみだった交換レンズも、西側ドイツで再生したツァイス・オプトン製品が併売されるようになり、以後ドイツ製レンズへのシフトが進行していく(これは恐らく性能面よりもコスト面での選択だと思う)。
 順調に発展するハッセルブラッドのカメラが転機を迎えたのは1957年。それまでのフォーカルプレーンシャッターを捨て、新たにレンズシャッターを搭載した500Cがデビューしたのだ。当時ハッセルブラッド社はこの改変を「フォーカルプレーンシャッター特有の“動体の歪み”を避けるため」とアナウンスしていたが、これは二次的な理由だったと思う。むしろ彼らが重視したのは、当時の商業写真の現場で普及しはじめた大型ストロボとの相性だったはずだ。大光量を手軽に得られるストロボはそれまでのライティング技法を一変させ、フォーカルプレーン方式の優位性である高速シャッターを遙かに上回る動体静止効果を発揮したからだ***。

 こうしてハッセルブラッドは「プロの現場」の要求に合わせて進化を続けていく。その進化の道筋はおもに米国の商業写真術の発展と変遷にシンクロしていたため、プロの道具としての揺るぎない評価にもつながっていった。そのいっぽうで、カメラに趣味性や情緒を求める層からはやや遠ざかった感もある。
 その理由のひとつとして、軍用機を母体とするこのカメラが徹底した機能優先の成り立ちを持っていたことが挙げられる。開発者たちは「ウチはプロしか相手にしないのよ」などとは口が裂けても言わない筈だが、スウェーデン製の銀の暗箱(レンズシャッターへの移行によってボディはほとんどレフボックスと化した)が提供する正方形の画像は、富を生み出すコマーシャルフォトの象徴になっていったのだ。
 ではその「プロ御用達」ハッセルブラッドの使い心地はいかなるものか、そのあたりは次回にて。

●モデル:脊山麻理子

※次号は脊山麻理子さんの作品を特集します。

*注1:ハッセルブラッドではある時期までモデル名をシャッターの最高速で示していた。1600F、1000Fそして2000FCのフォーカルプレーン機、そして500系のレンズシャッター機である。例外として超広角レンズを搭載(レンズ交換不能)したSWおよびSWCなどもあったが、すくなくとも80年代後半までこのルールは守られていた。

**注2:この金属膜シャッターは旧ソ連のサリュートがほぼ同一の機構として採用し、その後継機であるキエフ88シリーズに引き継がれた。同機は現在もウクライナで製造されているが、最近は布幕への回帰が進んでいるようだ。

***注3:フォーカルプレーンシャッターはストロボ同調速度に限界がある。これはストロボが発光するタイミングでシャッター幕が完全に開き切ることが要求されるためで、スリット状態の露光では画面の光量にムラが生じる。いっぽう円周上に配置されたセクターが瞬間的に開閉するレンズシャッターは、最高速に限界はあるものの原理的にすべての速度でストロボに同調する。


2004年06月23日掲載

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