* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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マリコお気に入りのゾディアックで。魚眼の歪曲はこういう構図だとあまり目立たない。絞っても浅い被写界深度がお分かりいただけるだろうか。
Arsenal/Arax 60MLU + Arsenal Zodiak 30mmF3.5 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/60sec. F8+1/2



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モデルさんは子供の頃によく竹馬で遊んだそうです。
Leica M3 + Elmarit-M28mmF2.8 FUJICHROME ASTIA100F Exposure Data:1/250sec. F8



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ハッセルブラッド独特の操作感触はこの巻き上げレバーに因るところが大きい。回転角は180度で常に一定のポジションで停止する。この動作はフィルム給送とミラーの復帰(ハッセルVシステムは今もクイックリターン機構を持たない)を兼ねており、精密なギアが噛み合う様子を指先で確認しながら一定のトルクで回せる。写真では見えないが、レバーの下側にはミラーアップのショックを軽減するロックアップレバーが置かれている。

スクエアフォーマットの誘惑 #10

 特定のカメラに強い印象を受けることはよくあるけれど、初対面はたいがい広告の写真かカメラ屋の店頭である(そういえばさいきんはパソコン画面で観ることが増えてきた)。でも僕がハッセルブラッドというカメラを意識したのはもう二十年も前のこと、場所は六本木の撮影スタジオだった。そのころ広告制作の仕事に就いた関係で、撮影の現場に立ち会わなければならなかったのだ。
 当時は有名だった大規模なレンタルスタジオ(今はもうない)の迷路のような廊下を進み、重い鉄の扉を開けると、緑色のビニールスリッパが散乱する奥に純白のホリゾントが見える。
 ホリゾントの周辺には大型ストロボのケーブルがのたうち、畳よりも大きいレフ板も何枚か配置されている。モデルさんはヘアメイクの真っ最中、先に到着したデザイナーはスタイリストと衣装の打ち合わせ中。ホリゾントの手前にはジッツォの三脚が据えられ、黒いTシャツを着たカメラマンとアシスタント(これは撮影中の色カブリを防ぐためのお約束)は撮影準備に余念がない。
 くたびれたスリッパに履き替えて奥に進むと、カメラ機材はハッセルブラッド500C/Mが2台。キャスター付きのテーブル上にはフィルムマガジンが数個と2本の交換レンズ、インスタントフィルムとそのホルダー、それに単体のストロボメーターが置かれている。すこし離れた位置から眺めていると、アシスタントがフィルムの紙パッケージを10本単位でテープで固定し、中身を取り出して銀色の封を切り、テーブル上に並べていく。これを撮影中に素早く詰め替えるのはスタジオマンの仕事である。
 撮影を担当したカメラマンは僕の視線に気付くと「あのヘアメイクさんはいつも時間がかかるからね」と笑い、駆け出しの若造にいろんなことを教えてくれた。ボディの1台はトラブルに備えての予備で、まあ保険のようなもの。“ブローニー”と呼ばれる中判のフィルムは120を使う。ハッセルの場合はこれで12カットしか撮れない。それではすぐにフィルム交換ですね、と訊くと「二倍のカット数が撮れる220というフィルムもあるけれど、僕は12カットのリズムが身体に染みついてるから」と言っていた*。
 そうこうしているうちにメイクも完了し、モデルさんが真っ白なホリゾントの撮影ポジションに立つ。先程まで軽口を飛ばしていたカメラマンは急に無口になり、三脚に据えられたハッセルブラッドにインスタントフィルムホルダーをセットすると、テスト撮影を開始する。「目線はこっち、ハイ」とレリーズしてもストロボは発光せず、天井の高い空間には「シャカポン」という乾いた音だけが響く。
 カメラマンが怖い目でスタジオマンを睨むと、彼は慌ててストロボのシンクロコードをチェックする。接点が酸化しているのか、同調が不安定なのだ。電話で呼ばれた別のスタジオマンが持参したコードに交換し、今度はレリーズの瞬間に強い閃光とともに「パン」という炸裂音が加わるようになる。そうしてホルダーから抜き出されたインスタントフィルムの現像が上がると、デザイナーとカメラマンがその縁を折り畳んで絵柄のチェックをはじめる。ロクロクのスクエアフォーマットはほとんどの場合、トリミングが前提なのだ。
 短いブレイクの後、ようやく本番撮影が始まる。ハッセル特有の「シャカポン」とストロボの発光音、そしてチャージ完了を告げる電子音を間に挟んで、カメラマンがモデルに細かい指示を出す。アシスタントはショット数をカウントして、残り2カットというタイミングでフィルムの残数を告げる。「はいチェンジ」というカメラマンの声、そして数秒の間合いを挿んでふたたび撮影開始……。

 三脚の横にノートパソコンが置かれることが多くなった今はハッセルブラッドの出番も少なくなったけれど、この風景はごく最近まで変わることがなかった。その登場から半世紀のあいだ、ハッセルは広告制作の現場にあの独特のシャッター音を響かせ続けてきたのだ。

●モデル:脊山麻理子


*注:ハッセルブラッドは120・220どちらのフィルムにも対応するが、マガジンはそれぞれ専用のものが必要となる。これは感材の厚み(フィルム背後の裏紙の有無)が異なるためで、最近の中判カメラは圧板位置の切り換えで両用が可能になっている。



2004年07月14日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部