* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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貝殻を集めて写真に撮っていたのだそうです。
Hasselblad 500C/M + Carl Zeiss Distagon-C50mmF4 FUJICOLOR New Pro400 Exposure Data:1/125sec. F8



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プラクチシックス/ペンタコンシックスの標準レンズ、ビオメター80mmで。優れたレンズだが逆光にはからきし弱く、こういう条件では深めのフードを付けても派手なフレアを引く。ただし人物を撮る場合はそれが効果になる場合もあって、僕はフレアも意図的に愉しんで使っている。
Arsenal/Arax 60MLU + Carl Zeiss Jena Biometar 80mmF2.8 FUJICOLOR New Pro400 Exposure Data:1/250sec. F5.6



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戦前のテナックスIと戦後のコンタックスIIa。どちらもツァイス・イコンの銘が入るが、前者はドイツ帝国、後者は西独(ツァイス分裂後に西側は本拠がドレスデンからシュツットガルトに移った)と出自が異なる。それまでのコンタックスシリーズよりも随分小型化されたIIaだが、こうして並べるとテナックスのコンパクトさが際立つ。ところでテナックスの名はゲルツ社が1910年に発表したカメラが元になっており、後に同社を含む数社の企業が合併して誕生したのがカール・ツァイス社で、コンタックスの名称も「コンテッサ」「イコンタ」そして「テナックス」という歴代の製品名を合成したものだという。

FUJIFILM FinePix F810で撮影

スクエアフォーマットの誘惑 #14

 軍用カメラから派生したハッセルブラッドが、機動性を重視するフォトジャーナリズムの分野に浸透しなかった理由は何か。それは恐らくカメラの設計思想に因るところが大きいはずだ。おなじ6×6センチの正方形画面を持つカメラとしてはローライフレックスも有名だけど、こちらはレンズが固定された二眼レフという機能上の制約を持つにもかかわらず、報道写真の現場にもちょくちょく顔を出す。まてよ、それらの多くはひょっとしてローライを模した日本製カメラだったろうか?
 いや、たぶんそうではない。1950〜60年頃の米国グラフ雑誌といっても、それは「ライフ」から「ハーパスバザール」まで幅がある。もちろんもっと低級な雑誌も掃いて捨てるほどあっただろうけれど、高品位なグラビアを売り物にする雑誌メディアがこの時代に勢いを得、それぞれの個性を競っていたのだ。印画紙の再現性が真剣に語られたのは、たぶんこの頃からではなかったか。
 そういう情況だから、職業写真家は自らの志の大きさと仕事の方向性に見あった道具で武装する必要があった(欧米では雑誌社や通信社のカメラマンは昔から契約が原則で、日本のように会社に所属して会社の機材を使える立場ではない)。戦場などのタフな現場に赴く報道カメラマンはコンパクトで長尺フィルムが使えるライカやコンタックス、そして日本製一眼レフを選ぶ。35mmフィルムは画質の点で不利(いえ、昔の話ですよ)だけど、荒れた粒状はこの分野ではさほどマイナスにならない筈だ。
 いっぽうでより一般的なグラフジャーナリズムを志す者たちは、スピードグラフィックをはじめとするプレスカメラを選べばいい。フィルムの性能が今ほど高くない時代、グラフ雑誌が要求するクオリティを追求するためには大伸ばしに堪える中判カメラが必須だった。というと大袈裟に聞こえるけれど、報道写真はトリミングによる部分拡大がアタリマエだから、元原稿の面積確保は大前提だったのだ。カット数の制限はあるけれど、これは機材を二台三台と携行することで切り抜けられる。それに現場では機材をあれこれ弄っている暇はないから、システムカメラなんてカタログの謳い文句ほどは役に立たない。
 では残るひとつ、ファッションや広告など「消費の幻想」をカタチにするコマーシャルフォトはどうだろう。実はこの分野こそ、学術研究と同様にハッセルブラッドの特性がもっとも発揮される分野だった。何故かといえば、コマーシャルの分野は事前の「つくりこみ」の比重が高く、またそれだけ大きな予算が動く。だから機材を最適化しておくことはもちろん、あらゆる意味でシステマティックな段取りが要求される。構図をはじめとする絵柄やトリミングの比率まで、グラフィックデザイナーが事細かに指定してくる。だからいっけん印刷媒体への親和性に劣るように思えるスクエアフォーマットも、他の分野に比べればトリミングで捨てられる部分はずっと少ないのである。
 ハッセル独特のマガジン交換も有利に働いた。前に触れたように、これは交換が迅速なだけでなく、異なるフィルムを同時に使い分けることができ、しかも専用のバックにインスタントフィルム*を詰めれば、その場で仕上がりの雰囲気を確認できる。これは大型ストロボを駆使するスタジオワークでは欠かせない機能で、ライバルのローライもこれには太刀打ちできない。もちろん今のデジカメならアタリマエの機能だけど、ハッセルブラッドはこれを半世紀も前に実現していたのである。
(次回「スクエアフォーマット編」最終回)

●写真のなかのひと:脊山麻理子


*注:世界ではじめてインスタントフィルムを開発したのは米国のポラロイド社で、その最初の製品は初代ハッセルブラッドたる1600Fとおなじ年、1948年に登場した。


2004年09月22日掲載

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