* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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目測スナップは気持ちを写すことが大切。カメラブレなんて気にしない(でもちょっとブレ過ぎ)。
Agfa Silette + Apotar 45mmF3.5 FUJICOLOR Superia100 (C)Keita NAKAYAMA



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ジレッテのレンズは三枚玉のアポター。色乗りは露出条件によらずやや浅く、こういう条件ではハイライトのトーンが出にくい面もあるけど、それも個性と割り切って使おう。
Agfa Silette + Apotar 45mmF3.5 FUJICOLOR New Pro400 (C)Keita NAKAYAMA



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西独の国民カメラ、アグフア・ジレッテ。戦前のアグフアはカラートなどの高級機も手がけたが、ジレッテは大衆機に徹したつくりで人気を呼んだ。全体に簡素なつくりだがセルフコッキング機構やレバー巻き上げの搭載、歪みの少ないファインダーなど要所を押さえた設計でたいへん使いやすい。それにしてもアグフアのカメラは、どこかオペルのクルマに近い風情がある。画像は1953年からスタートしたシリーズの初号機。ボディ本体にストラップアイレットが無いので革ケースは必需品(探すのに苦労しました)。

目測カメラの憂鬱 #3

 ところで趣味の世界には、わざわざ手間をかけることを好むひとたちがいる。太古のクルマを騙しダマシ乗るひともいれば、ビニール盤のレコードと糸ドライブのフォノモーターの組み合わせをこよなく愛する層もある。なんでそんな面倒なことをするのだろう(って、人のことを言えた義理ではないのだが)。
 この疑問には目的の達成だけでなく、そこに至る過程を愉しんでいるのだ、というステロタイプな解答があるけれど、それは違うと思う。というか、それだけではある種の道具が人を惹きつける説明にならない。技術が成熟する課程で生まれた道具、こちらが手間をかけないと結果が出ない、いわば未完成の機械たちには、どこか共通する魅力がある。
 それは「打てば響く」ことだと僕は思う。

 1950年代から60年代にかけて、カメラはひとつの成熟期を迎えた。旧き佳き時代の終焉といっても良いかもしれない。当時にあって、すでに昔ながらの機械式カメラの機能や性能は、すくなくとも一般の愛好家にとって必要充分な水準に達していた。そこから先はエレクトリカルなからくりで撮影支援をおこなう電気式・あるいは電子式カメラの時代に突入するのだが、これはまた別のお話である。
 機械式カメラが成熟期に入ったとしても、技術が進歩する課程では必ずなにかが犠牲になる。それは現代のカメラにおいても同様で、たとえば最新のAF機をマニュアルフォーカスで使おうとすると、やはりピントの合わせやすさはMF専用機におよばなかったりする。まあこれもいつかは解決される問題ではあるだろうけれど。
 では50年代から60年代のカメラにおいて失なわれたものはなにか。それは世界をつかみ取る透明な視野である。
 この時代、カメラの焦点調節機構は飛躍的な進化を遂げた。というか、進化した機能がほぼすべてのカメラに搭載され、普及していった。安価な大衆カメラにもRF(連動距離計)搭載機が登場し、いっぽうでは撮影レンズの視野でダイレクトにピント調節が可能なSLR(一眼レフ)も徐々に一般化していく。
 これらのカメラに不満を覚えた層がどれくらい存在したか、それは定かでない。だが少なからぬひとびとが異議を唱えたと思えるのは、この時代も目測カメラが絶滅せずに生き残り、そればかりか魅力的な機種が続々と登場したからだ。

 さて、目測カメラをはじめて手にしたとき、たいていのひとは軽いショックを受ける。それはピントの確認ができないことの驚きではなく、夾雑物のないファインダーが提供する明るくクリアな視界によるものだ。開放測光のSLRも、明るいファインダーで名を馳せるM型ライカも、いや他のどんなカメラだってこれには敵わない*。ピントを確認するために捨てたものがどれだけ大きかったか、そのことを思い知らせてくれるのが目測カメラなのだ。
 とはいえ、問題はそこから先である。目から鱗が何枚も剥がれて落ちるような視野を手に入れたとして、カメラはファインダーを覗いて愉しむ機械ではない。不完全な道具をどうやって写真術に役立てるのか。
 もちろん、お楽しみはこれからである。あなたは今、「打てば響く」カメラを手に入れようとしているのだから。


*注:初期のSLRのファインダーが提供する視野はレンズの絞り値に依存しており、ピント調節はレンズ側の絞りを開放して行うのがお約束だった。加えてF値の大きいレンズの存在や未熟なペンタプリズムの蒸着技術など、ファインダーを暗くする要因はいくらでもあった。RF機は常に一定の明るさの視野を提供できるが、光学設計上の要求によりファインダー像は肉眼の視野よりもかなり暗い。M型ライカなどは確かに優れたファインダーを積んでいるが、たいていの目測機の明るさには及ばない。ライカの偉大な点は巧みなコントラストの設定で(肉眼とは別の)明快な視野をつくりだしたところにあると思う。


2004年10月27日掲載

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