* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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Nikon FE2 + Ai Noct-Nikkor 58mmF1.2S FUJICHROME Astia
(C)Keita NAKAYAMA



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(C)Keita NAKAYAMA





東京レトロフォーカス Special Edition
『Short Story〜イタリアの石ころについて #3』


 フィレンツェに着いたのは夜の10時過ぎだった。
 アルノ河の西の丘の上に建つホテルにチェックインして、広い部屋の窓を開けて冷たい空気を入れ、ライカに詰めたフィルムを交換しながらワインの栓を抜いてひとりで飲んでいたら、無性に誰かと話をしたくなった。
 で、今朝ほど後にした宿に電話を入れ、女主人のエリーザを呼び出してもらう。彼女とはもう十年来の仲で、僕の貧困な語学力でも気持ちが通じる数少ない相手だ。
「どうしたの、ケイタ。なにかあった……」
 いつもの穏やかな彼女の声を聴いたら、なんだか自分が無事にそこにいるのが奇跡みたいに思えてきた。いやエリーザ、じつはタイヤがパンクしてね。
「タイヤ? タイヤって何?」
 ああ、イタリア語ではなんて言ったっけ。グミ(ゴム)・ディ・マッキナ? 違ったっけ。それじゃあ……。
 けっきょくタイヤを訳すことができなかった*ために、こちらの事情はきちんと伝えられず、エリーザには余計な心配をかけてしまったようだ。「それで、あなたは大丈夫なの?」うん、元気だよ。今も窓からフィレンツェのドゥオモを眺めてる。ホテルの場所? ポンテ・ヴェッキオの西側の丘の上。あなたのホテルほどじゃないけど、この宿も悪くないね。フィレンツェで用を済ませたらこのあとヴェローナとトレントをまわって、来週末には日本に帰る。
 帰る前にまた電話するから。じゃあおやすみ。

 次の朝、さる侯爵夫人を訪ねて僕が出かけた後、ホテルに電話があったらしい。あとで知ったのだけど、エリーザが娘のアレッサンドラに言いつけて、そのあたりのホテルに片っ端から電話させていたのだ。

「もう、母さんったら、ケイタになにかあったらしいから電話しろ、電話しろってうるさいんだから」
 日本に帰る前にヒマができて、ふたたびエリーザの宿に立ち寄った夜、夕食のテーブルで隣に座ったアレッサンドラはそういって僕を睨んだ。彼女の英語は母親よりずっと達者だ。
「何軒にかけたかな。電話、すぐに保留にされちゃうし。ようやくケイタの宿をみつけたら、もう出かけたあとだって言われて、ホントやんなっちゃう」
 しかし彼女はどうやって宿をみつけたのだろう?
「アルノ河の西側の丘の上にあって、窓からドゥオモが見えるホテルだって言ったんでしょ」
 などほど。それでだいたい特定できる。
「それに電話するっていって、ぜんぜんくれないし」
 そうか、心配させて悪かったね。
「心配してたのは母さん。あたしはぜんぜんしてないわよ、おあいにくさま」
 と、彼女は薄桃色の頬をふくらませてみせた。
 そのほっぺたを指先でつつくと、彼女の唇からぷっと空気が漏れた。
 タイヤが破裂したときの音に、ちょっと似ていた。


**



 ……というような話を書こうと考えながら、僕は自転車を走らせていたのだった。なんでそんなことを考えたかというと、出がけにタイヤに空気を入れたからだ。
 と、なんの前触れもなく前のタイヤが何かに乗り上げ、自転車は(大袈裟にいうと)吹っ飛ばされた。
 ガードレールに片手をぶつけて転んだ僕の、そのまたちょっと先に自転車が転がった。
 いったい何を踏んだのか、と振り返ると、そこにはでっかい石のカタマリが転がっていた。
 こんなでっかい石がどうして目に入らなかったんだろう。足でその石を車道の脇に寄せながら、ふと思った。

 これはイタリアから降ってきた石だ。

*注:イタリア語でタイヤは「スタンカーレ」。


−作者より−


今月はいつものクラシックカメラ談義から少し離れたフォトエッセイをお送りします。年の瀬の忙中閑に読み飛ばしていただければ幸いです。

(この項終わり:次号は「maRiko's photo diary」を掲載します)


2004年12月22日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部