* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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ニューフェイス登場。ところでコンタックスIIaのシャッター速度は最速が1/1250秒で、これはM型ライカも未だに追いつけていない。実用上大差ないともいえるけど、快晴の屋外では多少なりとも絞りの選択肢が増すので有り難い。
Zeiss Ikon Contax IIa + Jupitar-3 50mmF1.5 FUJICOLOR New Pro400
(C)Keita NAKAYAMA



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航空写真レンズの末裔、オリオン15でポートレートを撮る。曇天ではコントラストが立ちにくいクセ玉もこういう条件では文句のない描写を見せる。ディストーションのない絵は完全対称形レンズならでは。
Leica M3 +Orion-15 28mmF6
(C)Keita NAKAYAMA





好きなカメラ、嫌いなカメラ #2

 ライカとコンタックスは、かつて世界の写真機界を二分する最高級機として君臨したレンジファインダーの名機であった。それが日本製カメラとの競争に敗れ、王座を明け渡したのが1960年代のこと。ライカはその後も一部の愛好家と職業写真家に愛(め)でられ続けたが、コンタックスは一眼レフ化と国際協力で命脈を保った。今のカメラブランドとしてはライカの方がジャンルを超えた輝きを持つようだが、これは“継続は力なり”ということか。
 そのライカM3が生まれて半世紀を経た2004年、コンタックスを生んだツァイスからライカとおなじマウントを持つレンジファインダー機『ツァイス・イコン』が発表された。すわ宿命の対決の再現、と騒ぐ向きもあるようだが、この復活劇の舞台裏にはもう少し深遠な理由が働いているようである。
 それはさておき、このふたつのブランドには見事な思想の違いがあって興味深い。どちらもドイツ的な完全主義を感じさせつつ、柔のライカ・剛のコンタックスという対比がある。これはどうやら生まれ育った土地の違いによるらしい。
 ライカが生を受けたのはドイツでも比較的南に位置するウェッツラーという小村(ほんとうに小さな村だという)。対するコンタックスはずっと北西のドレスデン周辺である。もっともエルンスト・ライツはその後企業形態を変えつつ本拠をすこし離れたゾルムスに移したし、ツァイスのヘッドクォーターもシュツットガルト近郊に転じたので、会社の性格は過日とおなじではないようだ。

 とまあ、歴史的にはいろいろ考察できる両者なのだが、ここでは話を1950年代に絞ってみる。この時代、ライカはあの名機M3を発表し、ツァイスは戦前コンタックスをリニューアルしてリバイバルさせる。今この原稿を書いている僕の前にある二台は、それぞれ1960年製ライカM3シングルストローク、そしてその少し前の50年代半ばに造られたコンタックスIIa、通称“カラーダイヤル”である。

●モデル:野口早依子


2005年01月19日掲載

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