* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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アウトフォーカス部の美しいボケ描写はツァイスの伝統? 旧ソ連製のジュピター3はゾナーの光学設計を忠実になぞったとされ、本家に劣らぬ描写性能(と手に入れやすい価格)で愛用者が多い。“寄れない”レンジファインダー機でも絞り開放の最近接ではピント面が浅く、気を抜くとピンボケ連発となる。このカットは意図せずに外した1枚。ピントは目に、はポートレートのセオリーだが絶対というわけでもないだろう。
Zeiss Ikon Contax IIa + Jupitar-3 50mmF1.5 FUJICHROME ASTIA100F
 (C)Keita NAKAYAMA



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ライカ・ノクチルクス(第二世代の現行品)は現時点で世界一明るいレンズで、量産品でこれを超えるものはキヤノンのF0.95という製品が唯一。ただし試作品では旧ソ連・KMZ製にF0.9(レコルト4)というモンスターが存在する。とはいえスチル用としての実用性は疑問で、ノクチルクスの絞り開放もかなり苦しい描写。僕もこのように少し絞って撮ることが多い。
Leica M3 + Leica Noctilux 50mmF1.0 FUJICOLOR New Pro400
(C)Keita NAKAYAMA





好きなカメラ、嫌いなカメラ #5

 ついせんじつに衛星放送で「CAPA in LOVE & WAR」という映画が放映された。数年前に東京都写真美術館で公開された記録映画で、ご覧になった方も多いと思う。著名なフォトジャーナリスト、ロバート・キャパの後半生を追ったドキュメンタリーなのだが、なかにキャパ自身や友人、恋人、被写体がカメラを抱いている写真が挿入されて興味深かった。
 そのカメラは戦前コンタックス(II型)であり、また型式のはっきりしないローライ(フレックスではなく廉価版のコード?)などである。画面には登場しないが、キャパ自身の言葉でライカの想い出も紹介されている。いわく、彼が戦前のコペンハーゲンに赴き、反スターリンの共産主義活動家トロツキーを撮ったとき、「目立たないように小さなライカを懐に忍ばせて撮影した」という。
 放浪癖のあるハンガリー人で、ベルリンを拠点に活動していた無名時代のキャパがどうやってコンタックスやライカを使える身分になったのか。それは当時の彼が暗室助手で生計を立てており、トロツキーの撮影行も誰かの代役だったから、たぶん借り物だったのだろう。
 詮索はさておき、面白いのは当時のキャパがこの両者を状況に応じて使い分けていたところである。先の「ちいさなライカを懐に忍ばせて」という下りは、あきらかにこのカメラの特質を言い当てている。つまり、コンパクトで静かで目立たない道具ということだ。

 ベルリンに移り住む以前、キャパはパリに腰を落ち着け、友人のアンリ・カルティエ・ブレッソンとダヴィット・シミン(シム)といっしょに写真を撮っていた。戦前にあってはまだまだ写真術の主流といえなかった35mmフィルムを使う小型カメラ、いわゆるライカ判カメラでのストリート・スナップである。映画で紹介される三人の写真は往時のパリの民衆をそれぞれの個性で切り取ったもので、どのカットも被写界深度に頼らぬピント意識が強いように思える。
 そう、戦前のライカに対するコンタックスの絶対的なアドバンテージとは、(レンズの優劣を除けば)ひとえに優秀なファインダーにあったのだ。実はこの関係は戦後の両者でも不変なのだけど、なぜか誤解されている部分がある。

●モデル:野口早依子


2005年02月16日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部