* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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ライカ・スレッドマウントの広角としては「エルマー35mm」が有名だが、このズマロンも良いレンズ。後年のM型用ズミクロン(正真正銘の名玉)の明るさや先鋭度と引き替えに、軟らかな描写と携帯性が手に入る。もちろん絞ればコントラストは向上、立体感には僅かに欠けるものの実用性は充分だろう。ただしディストーションはやや大きめなので、気になる向きは直線状のモチーフに正対しないことが肝要。
Leica IIIg + Leiz Summaron 35mmF3.5 FUJIFILM Neopan100 ACROS
(C)Keita NAKAYAMA。



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1956年に生産が立ち上がり翌年3月に発売された「ライカIIIg」。それまでのIIIfを基本に、M型で実現した機構を加えたバルナックライカの最終進化形である。特に新設計のファインダーはレンズの距離環に連動する50mm/90mmの視野枠(常時表示)を持ち、パララックスが自動補正される高度なもの。デザイン面では大型化した距離計窓がややアンバランスだが、巻き戻しノブ基部の“段付き”が廃されてIIIb以前のすっきりした外観に戻った。IIIgは主に1960年までの生産で、総数41583台はバルナック型ボディとして数が少ない。




好きなカメラ、嫌いなカメラ #8

 ツァイスのお家事情で「やむを得ず」生み出された? コンタックスIIa/IIIaだったが、写真を撮る道具としての完成度は高い。特にシャッター速度設定ダイヤルは秀逸で、右手の親指と人差し指でつまみ上げて回す操作が素早く確実に行える。これはダイヤル径をボディよりも僅かに大きくした設計の妙であり、レバー比の効果とあいまって操作の軽さは特筆ものだ(戦前型はこの操作が渋く、かつ速度表示の視認性に欠けていた)。些細なことだけれどカメラのインターフェイスとしては重要な点で、ここはバルナックライカはもちろんどのM型ライカよりも優れていると思う。
 とかく批判の多いファインダー像(視野が暗く着色が強い)にしても、二重像の分離の良さは抜きんでており、ピント合わせがこれほど楽に正確に行えるレンジファインダー機は他にない。M型ライカの実像式ファインダーも確かに見事だが、合焦の精度ではコンタックスに敵わない。基線長云々の話ではなく、これはピントの精度を(レンズ側との結合精度に依存せず)ボディ側でメカニカルに保証する設計の勝利だろう。

 いや失礼。こうした技術的な案件を並べていくと、ついついメカオタクの本性が出てしまう。でもレンジファインダー・コンタックスは戦前戦後を問わず、ひとつの命題のもとにつくられたカメラであることは間違いない。それは「カメラボディはレンズ性能を100%出し切るためのプラットフォームであるべき」という、ツァイスならではの思想である。右手の指先でピント合わせを行うフォーカシングギア(使っているひとは稀だろうけど)ひとつを観ても、ピント合わせにともなう曖昧さを排除する強い意志が感じられるのだ。
 いっぽうのライカには、こういう意志の強さは存在しない。戦前コンタックスを仮想敵に、これを凌駕すべく作られたM型はバルナック型の欠点を巧みに潰し、結果すぐれてライカ的なカメラにはなったけれど、お得意のユーザーフレンドリーという思想を突き詰めているとも思えない。例のフィルム交換方式をはじめ、初代M3の未完成な部分は最新のM型ユーザーにまで押しつけられているのだから。

 ……と、ここまで書いたところでふと気がついたのは、本稿の意味不明なタイトルである。好きなカメラ、嫌いなカメラだって? その意味と結論を次回最終回で明らかにできるか、作者の奮闘を刮目して待たれよ。

●モデル:野口早依子


2005年03月16日掲載

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