* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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旧ソ連製の超広角レンズ、ルサール20mmで撮影。設計者ミハイル・ミハイロヴィッチ・ルシノフの名を冠したレンズで、彼が1946年に出願した特許を元にした完全対称形の設計を持つ。このコンセプトはその後西側で模倣され、シュナイダー・スーパーアングロンやツァイス・ホロゴンなどの名レンズを生んだ。開放値がやや暗いことを除けば現代でも通用する立派な描写である。(ルサール機材提供:石田浩氏)
Leica M3 + KMZ Russar MR-2 20mmF5.6
(C)Keita NAKAYAMA



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ライカ/コンタックス編の最後は既出素材のモノクロ化画像。カラーネガは階調情報が豊富で、そのまま色を抜いただけではコントラストが立たない。ここでは肌のトーンを基準にマスクを重ねて焼き込み、ついでにズミルクスの渦巻きボケを気にならない程度まで抑えてみた。ただしやりすぎは禁物、角を矯めて牛を殺すその一歩手前のさじ加減が難しい。
Leica M3 + Summilux 50mmF1.4FUJICOLOR New Pro400
(C)Keita NAKAYAMA

好きなカメラ、嫌いなカメラ #9

 戦後ドイツを代表するふたつのブランドについて思いつくままに書いていたら、我ながら結論が怪しくなってしまった。お得意の出たとこ勝負、今回は失敗か。
 いやそもそもライカの話を書くのはあまり気乗りがしないのだ。確かにカメラとしては良くできているし、デザインも品があって、しかも旧いライツのレンズには独特の味がある。だから持ち出す機会も多いのだけど、ひねくれ者の僕にはそのバランス感覚がどうにも鼻についてしまう(ただしかつてのライツが無謀に拡大したM型ライカのシステム周辺機器はけっこう馬鹿馬鹿しくて好きだ)。
 その点ではコンタックスの方が遥かに好ましい。機械としてのコンセプトが明快で、「写真はかくあるべし」という意志を強く感じる。コンタックスとはすべてそういう思想のもとにつくられたカメラであって、だからこそ誤解されている面も多い。唯我独尊というひともいるし、僕も安直に完全主義などと書いてしまうけど、じっくりつき合えばこれはライカよりもよほど誠実な相手である。戦後のコンタックスがライカに近づきながら、けっきょくその路線を放棄したのも、道具として写真術に誠意を尽くそうとした高邁な思想ゆえのことなのだ。

 かつては両者の優劣を真剣に論じた時代があったという。そういう議論も今となってはこの連載といっしょで、茶飲み話の域を出ない。ビートルズとストーンズのファンがたがいに反目しあった時代はもう少し後のことだけど、カメラの好き嫌いも似たようなレベルの話である。だからもしあなたがライカとコンタックスのどちらかに肩入れしていたら、もういっぽうのブランドも体験してみると良いと思う。今なら両者をいっぺんに所有しても、無定見の日和見主義と眉をひそめるひとはいないだろう。

 そういえば「写真はレンズで決まる」という惹句があった。簡潔にして力強く、ブランド信奉者の心に響く商業コピーだ。けだし名文と思うが、言い足りていない、というより巧妙に伏せられた文字もある。
 そう、写真はレンズでは決まらない。写真の描写はレンズで決まる、が正しい。このことをはき違えている限り、僕らはライカやコンタックスで傑作をものにしたひとたちの靴のひもも結べないだろう。
 先に引用したロバート・キャパの伝記映画で、最後のインドシナ取材におもむく直前、彼の首に下がっていたカメラは何だったっけ? 今しがた画面を止めて観察したら、それはコンタックスIIaだった。
 キャパがこのカメラを愛した理由は知らないけれど、はっきりしていることがひとつある。それは「カメラの価値は写真で決まる」ということだ。

(次号は「maRiko's photo diary」を掲載します)

●モデル:野口早依子


2005年03月23日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部