* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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「運河にて」その3。脊山さんが手にしているのはシュナイダー製クセノンを装備した小窓のIIIc、彼女にとって三台目のレチナだ。
FUJIFILM NATURA-S + Super EBC FUJINON 24mmF1.9 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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「運河にて」その4。ところで人間の視覚は優れた検知能力を持ち、わずか1度の傾きも不安定と感じることがある。広角レンズの縦構図では垂直線より水平線を意識した方がいい。
Leica M5 + Summicron35mmF2 / FUJICHROME Astia100F
(C)Keita NAKAYAMA





『ライカとナチュラな日々 #8』

 西独ウェッツラーのライツ社がM5の生産を立ち上げたのは1971年初頭、初回生産分1750台すべてが検査をパスしたのは8月18日とされる。本格的な量産に移る前の「0シリーズ」(工員の習熟を目的に生産されたプリプロダクションモデル)250台を加えて合計2000台。往時の勢いはないとはいえ、はじめて電気回路*を纏ったM型ライカとして、まずは順調なスタートである。
 従業員の大半は夏期休暇の真っ最中だったはずだけれど、この日に出社した社員はお祝いの杯を酌み交わしたかもしれない。だが経営陣にはそんな余裕はなかったはずだ。そのわずか三日前に発表された米大統領リチャード・ニクソンの声明によって、世界経済は大混乱に陥っていたからだ。
 ニクソンの声明は「金とドルの兌換を停止する」というもので、先の大戦からゆいいつの兌換通貨として信頼を築いてきたドル紙幣(交換レートは金1オンス=35ドルで固定)をみずから“裏書きのない約束手形”に変えてしまう一方的な通告だった。しかもこの声明には「米国への輸入品に一律10%の課徴金を設定する」というおまけもついていた。例によって強引な手法だが、ヴェトナム戦争で疲弊したアメリカにもはや見栄を張る余裕はなかったのだ。
 この声明を受けて世界の主要国は為替相場を変動相場制に切り替える**。世界の経済はドルの急落によってきわどい平衡をたもったものの、先進諸国、特に米国向けの輸出産業を持つ国々への打撃は計り知れないものがあった。

 今も昔も「ライカは高価なカメラ」というイメージがある。特に日本ではその印象が強いのだが、これは輸入カメラに高率の税を課して国内産業を保護していた時代(物品税と輸入税が別々に課されていた)の残像もあるだろう。たとえば1968年の日本市場をみると、国産最高価格の一眼レフ「ニコンFフォトミックFTN」が50mmF2の標準レンズ付きで72200円。対する「ライカフレックスSL」は332000円(!)。ちなみに大卒の平均初任給は29100円だった。
 では世界のカメラメーカーの主たるマーケットである米国ではどうだったかといえば、M3の時代には200ドル台の後半だったボディ価格が、十年後のM5ではなんと十倍近くまで跳ね上がっていたという。
 ライツ社が意図的に高価格政策をとっていたのか、それはちょっと分からない。おそらく彼らはドイツ的な生真面目さで品質を追求し、あるいはほんのちょっぴり「過去の名声」に寄りかかっていたのかもしれない。だが市場を支配する日本製「高級」一眼レフはライカボディ1台分の投資で、めぼしい交換レンズからストロボまでのフルセットを洒落たガーメントケースに入れて、まだお釣りが来るのである。
 M5の前途は多難であった。

※制作協力:脊山麻理子

*注1:M5の内蔵露出計は1.35Vのバッテリーで駆動される。この仕組みを電気回路と呼ぶべきか、あるいは電子回路と称するか。どっちでも良さそうな問題だがけっこう悩んだりする。ここでは「質量のある露出計指針を振らせる」という仕事量に鑑みて電気とした。モーターを駆動しながらLEDを光らせデジタル領域で演算する現代のカメラは「どっちともいえない」機種がほとんどだ。

**注2:1971年の「ニクソンショック」が与えたインパクトは多くの経済書が伝えている。戦後経済の基盤となったブレトンウッズ体制は崩壊し、新たな固定相場制(ドルは約8%の切り下げ、円とマルクは約16%の切り上げ)へと移行した。しかしこのスミソニアン体制も長続きせず、先進諸国の通貨制度は1973年までに完全な変動相場制へと転換する。「金との兌換」という足かせが外れたことで米ドルは垂れ流しが可能となり、これが米国の金融支配をもたらしたとする識者は多い。


2005年08月10日掲載

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