* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


写真
---> 拡大表示

さいきん膝を曲げて撮ることが多くなった。
Leica M5 + Summicron 35mmF2 / FUJIFILM Neopan400PRESTO
(C)Keita NAKAYAMA



写真
---> 拡大表示

「スカーフ売りの少女」。最新レンズの描写を繊細に過ぎるというのは贅沢だろうか。ソウル・南大門市場にて。
Leica M5 + Carl Zeiss Planar 50mmF2 / FUJIFILM Neopan100ACROS
(C)Keita NAKAYAMA



写真
---> 拡大表示

東西縦吊りカメラの競演。手前の「ヴァスホート」(=ボストーク)は旧ソ連製カメラの黄金時代を代表する製品で、製造期間は1964年から66年、生産は在レニングラードのLOMO社が担当した。セレン光電池による外光式露出計をLVシステムと連動させるなど、当時としてはかなり意欲的な機構設計が目を引く(ただしレンズはトリプレットでピント合わせは目測)。また操作系は縦位置を基本としており、普通のカメラの吊り方を変えただけのM5よりずっと先進的かつアヴァンギャルドだ。なお写真の固体は浜松のP氏から借用中のもの。
(C)Keita NAKAYAMA

『ライカとナチュラな日々 #16』

 ではカメラを首から提げて出かけよう。
 カメラを二台持ち歩く場合、首はひとつしかないのでけっこう困る。これが一眼レフなら性能向上著しいズームが使えるから、もはや二台を使い分ける必然性はあまりない。感材を使い分ける必要のないデジタルではさらに、である。
 ところがライカのような距離計連動カメラは単焦点レンズが前提だから、あれこれ付け替える時間を惜しみたいときには二台の併用に意味が出てくる。僕も仕事でライカ二台を首と肩から吊すこともあって、いや正確には「Mマウントレンズが使えるボディ二台」なのだけど、一台はM5、もう一台は国産の自動巻き上げAE機(こう書くと何だか分かってしまうなあ)である。手元のMマウントボディならM3も健在だが、あれはそういうせわしない撮影には向いていない。
 で、僕はストラップの長さに差を付けない主義だから、二台のカメラは撮影や移動の合間にしょっちゅう衝突する。ここで傷が付くのはM5だろうと思っていたら結果は逆で、国産機の塗装面が剥げ剥げになった。機能的にはたいへん優れたカメラだが、チタン外装がウリの割りにはひ弱である。
 前にも書いたけどM5の黒色仕上げはブラッククロームというメッキ処理だ。これはカメラボディには世界初の採用だそうで、M3からM4までの黒塗装(塗膜がたいへん脆弱)への悪評にたいする、当時のライツ社の解答だったらしい。確かに品の良い仕上げだけど、初の試みだけに未熟な面もあって、使い込むとガンメタル状に色が褪せていく。でもカメラボディ同士が触れあう程度ではびくともしない。これはメッキと塗装の硬度差を考えれば当然とはいえ、なんとなく感心させられた。

 そういえばM5は縦吊りができるゆいいつのM型ライカである*。それまで縦吊りカメラに前例がなかったわけではないものの、ライカのような保守性の強いブランドとしては思い切った意匠といえる。これもM5発売当時のライツ社の意気込みの表れだろうか?
 まあカメラをタテヨコどっちに吊ろうが、撮れる写真は変わらないというひともいるだろう。僕の場合、75ミリや90ミリのような長玉を装着してもお辞儀しないので、M5の縦吊りはけっこう気に入っている(横位置から縦位置に持ち替えたときにストラップが邪魔になることがあるけど、これは慣れで解決できる)。

 失礼、今週も余談ばかり書いてしまった。言いたかったのは、M5と桃ナチュラの組み合わせの収まりの良さである。これはこの二台に限ったことではなくて、サイズに差のある二台を携行して一台は首に提げ、もう一台はポケットに忍ばせるひとも多いと思う。でもこの二台ほどサイズと性格が異なり、それでいてバランスが取れる組み合わせはあまりない。と勝手に思うのだった、ということで以下次号。


*注:M5は縦吊りが基本形(2ラグまたは二吊り)。ただしライカの愛好家にもこれを嫌うひとがいたようで、ライツ社も途中から通常の横吊りができるようボディの逆側一カ所に吊り金具を設けた(3ラグまたは三吊り)。生産期間の短いM5のゆいいつのメジャーな変更点である。縦吊りができるライカはM5の他に「ライカCL」「ライツミノルタCL」がある。


2005年10月19日掲載

<--Back     Next-->



Copyright :
マカロニ・アンモナイト編集部