* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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背後から射す西日が背景のビル壁面に反射する逆光条件、絞りはほぼ開放。もっと絞ればフレアは低減される筈だが、被写界深度を深くすると後ボケが煩くなりそう。目線が自然に下がるエクサは人物スナップに好適だ。
Ihagee EXA + Angenieux Retrofocus 35mmF2.5 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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好い光があればどこででも撮る。窓枠に反射する光は思わず目を細めたくなるような強さ。フレアはこの光源を中心に画面の大半を覆い、人物の右にはホットスポットも出現している。袖口の赤浮きもフレアが原因。
Ihagee EXA + Angenieux Retrofocus 35mmF2.5 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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この連載で三度目の登場となる東独イハゲー社の小型カメラEXA(画像は「タイプ・ゼロ」と呼ばれる最初期型の第4世代目あたりに位置するヴァージョン)。レンズは上の撮影で使ったアンジェニュー35ミリ、レトロフォーカス型の始祖として有名だ。濃紺のメッキが施された鏡胴デザインは他のどんなレンズにも似ていない独自性のあるもので、未だにライカの意匠を写経し続けるメーカーは見習って欲しい。独特の色再現に加えて逆光時のハレっぽい描写には熱烈なファンが多い。
(C)Keita NAKAYAMA

『ハレ、時々クモリ #1』

 さいきん目の調子が悪い。
 歳の所為かとも思うが、どうやらこれは職業病と現代病の合併症である。具体的にはパソコンの使いすぎだ。なにしろ原稿書きから画像処理まですべてパソコンに頼っているのだ。特に画像のスキャンとレタッチにはかなりの時間を割いている。
 時間を掛ければエライということはないけど、部屋を暗くして至近距離からCRTディスプレイを見つづければ、目に負担がかかって当然だ。液晶画面に換えれば負担が減るのは分かっているものの、やはり写真の階調をなるべく正確にモニターしたいのでこれはやむを得ない。
 他にも機材のデータ収集や入手と整備の手配、ロケ場所の調査(や撮影終了後の飲食場所選び)などネット上の情報に頼ることは多い。旧いカメラ機材を扱うこの連載も、裏に回ればパソコン環境にどっぷり浸かっているわけで、我ながら矛盾を感じるところである。
 で、そうやって疲れた目をこすりながらベランダに出て夜空を見上げると、まるでレンジファインダーのピントがズレたような月がそこにある。酷いときには霞がかかったように焦点が合わない。これは正直、ヤバイぞと思う。

 かと思うと、べつだん目の調子は悪くないはずなのに、霞がかかったような画像にでくわすこともある。これは旧いレンズを逆光条件で使った写真に多い。自分で撮影したアガリを観て「うゎ、なンだこれは」と笑ってしまうこともあって、それはまあ趣味の写真だから笑えるのだけど、仕事だったら洒落にならないところである。
 では趣味ならシャレで済まされるのか。これは物品の性質と使い手のアタマの硬度による。鉛筆なら2Bくらいの硬さの脳味噌を持つ僕だけど、コンピュータ設計の新鋭レンズでモヤモヤの絵が出てきたらアタマに来るし、のし*を付けて返品してしまうだろう(やったことはありません)。
 でも相手が自分と大差ない歳のレンズとなれば話は別だ。生まれた時代に傑作ともてはやされた玉だって、ハタチ過ぎればただのひと。それもどこでどういう使われ方をしたか分からない物品が、めぐり巡って手元に来たのだから。
 ここで「お前も目が疲れてるんだなぁ」と優しい言葉のひとつもかければ人間が出来ている。僕の場合はダメでもともと、怪しい描写でも面白い玉が増えたと自分を納得させるのが常である。面白い玉ばかり増えるのも困りものだけど、旧いレンズには今の製品に求め得ない個性があって愉しい。最新のレンズが人間の視覚を超えているとしたら、こちらは人間の視覚に忠実か、ちょっと劣っているところに愛着を感じたりする。

 と、例によってつかみが長くて申し訳ない。今回は手元にある古典レンズについて歴史をまじえながら記してみたい。


*注:贈答品の包装にもちいられる熨斗(のし)紙はもともと平らに伸ばした干し鮑で、これは神事の供物であったという。転じて慶事の贈答パッケージのラッピングデコレーションになったのだが、その形は熨斗鮑を包んだ和紙を摸したものだそうだ。
・・・吉原に火災があると、貞固は妓楼佐野鎚へ、百両に熨斗を附けて持たせて遣らなくてはならなかつた。又相方黛のむしんをも、折々は聴いて遣らなくてはならなかつた。或る年の暮に、貞固が五百に私語したことがある。「姉えさん、察して下さい。正月が来るのに、わたしは実は褌一本買ふ銭も無い。」 −森鴎外著『渋江抽斎』より−


2005年12月07日掲載

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