* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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ライカレンズを代表する名玉、ズミクロン50ミリ(初期型の沈胴タイプ)で撮影。繊細なピントは見事だが逆光に弱く、日陰を選んでも髪の上部でコントラストが落ちているし背景の濃度も浅い。ただしそれが独特の空気感描写につながっているともいえる。
Leica IIIg + Summicron50mmF2 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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標準レンズの性質上あまり語られないが、ズミクロンは歪曲の少なさも特筆ものだ。初代は画面周辺にごく僅かなタル型のディストーションが残るのみ。この美質は最新の同名レンズにも受け継がれている。斜光線の京都駅にて。
Leica IIIg + Summicron50mmF2 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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工芸品的な輝きを放つライカIIIgと沈胴ズミクロン。所謂「バルナック型」の掉尾を飾る名機で、実用性は別として触感と操作感覚は絶品。この初代ズミクロンは比較的長いライフスパンのあいだに何度か設計変更が加えられており、最初期型は放射性物質のトリウムを添加した特殊な硝材をもちいていた。これは経年変化で黄変することが判明、通常の高屈折ガラス(ランタンクラウン)に置き換えられたのだそうだ。ちなみに僕のはガイガーカウンターに反応しません。
(C)Keita NAKAYAMA

『ハレ、時々クモリ #2』

 旧いレンズでも順光で絞って撮れば、写りは現代のそれとおおきな差はない。専門誌でよくみかける論調だけど、これはおおむね正しい。
「概ね〜」と書くとなにやら含みがありそうなので、英語に変換してみる。答えは“roughly correct”だそうだ。単語にバラすとラフとコレクトでは語感が正反対という気がしますね。「大ざっぱに正確」と言われてもピンとこないのは、たぶん玉虫色の決着に慣れた日本人ならではだろう。僕らは曖昧さを好む民族なのだそうだ。
 曖昧な表現というのは、写真にもある。画質について言えばピントが怪しかったりコントラストが低い写真だ。これは旧いレンズを絞り開放付近で使った場合に顕著で、専門的に書くと収差(光学的な歪み)を補正し切れていないためである。19世紀前半に最初の写真用レンズがつくられて以来、光学技術者たちはこの収差の撲滅を目指し、ひたすらにコレクトな画質を追求してきた。

 ごく初期にたった一枚のレンズ(単玉)ではじまった光学系は、すぐに二枚玉(ダブレット)、三枚玉(トリプレット)へと発展し、現代のズームレンズなどでは十数枚ものエレメントがもちいられるようになった*。なぜ枚数を増やすのかといえば、異なる形状のレンズを効率的に配置することで写真撮影に求められる明るさを確保しつつ、収差を減らせるからなのだそうだ。
 ただし枚数をいくらでも、といっても限界はあるにせよ、七枚八枚と増やせるようになったのは(ごく一部の例外を除いて)ここ半世紀ほどのことである。これには理由があるのだけど、それは追々記していこう。
 この連載で採り上げている単焦点レンズについていえば、19世紀末からの半世紀で伝統的なスタイルが出そろっている。おなじみのテッサーやプラナー、ゾナーなどの構成はこの時期に発明された。これらは現代の高性能レンズ設計の基本**であり、設計に時代ごとのアレンジが施されながら今でも立派な現役だ。
 読者はご承知と思うが、上に挙げたレンズ構成は、すべて独カール・ツァイス社に在籍した技術者の発明品である。ツァイスはもともと顕微鏡メーカーとしてスタートしており、その開発途上で生まれたアイデアと理論を写真用レンズに応用した。かのライカを生み出したエルンスト・ライツ社もよく似た出自で知られているが、ツァイスが凄いのは現代につらなる光学理論をいちはやく確立したことで、そのリソースの蓄積から生まれたのが上記の名レンズたちなのだ。
 と、このあたりの蘊蓄を書くとまた長くなるので、話を端折って次回は名玉ゾナーについて書いてみたい。


*注1:史上初の写真機はフランスのニエプスとダゲールが完成させた「ダゲレオタイプ」(1839)だが、この市販型には二枚のレンズを貼り合わせた単玉が使われていた。このレンズは口径比が開放でおよそF11と暗く、画質は画面全体にぼんやりとしたピントを結ぶものだった。これを改良(1840)したのがウィーンのペッツヴァールで、二群四枚構成のレンズ設計にはオーストリア軍の軍人たちが大量に動員されて計算にあたった。口径比はおよそF5.6と明るく露光時間も著しく短縮されたが、ピントは画面中心部に合うだけで周辺は相当に曖昧な描写であった。このため風景写真には適さずもっぱら人物撮影に使われた。後のポートレート専用レンズのはしりである。

**注2:これらのレンズ構成のなかでプラナーについては注釈が必要だと思う。これは1896年にパウル・ルドルフによって発明されたのだが、ルドルフはドイツの数学者ガウスが提唱した望遠鏡の対物レンズ(凸凹二枚で構成される)の改良案を応用、前後対称に組み合わせて写真用レンズとした。そのためこのレンズ構成は「ガウス型」または「ダブルガウス構成」などとも呼ばれる。


2005年12月14日掲載

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