* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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今では気軽に買える焦点距離だが、ふた昔ほど前には特殊レンズだった19ミリ。四隅までほぼ均一な光量に巨大な前玉の恩恵を実感する。下掲の長焦点エルマリートとはレンズ構成枚数が極端に違うが、カラー再現(往年のライカらしい渋めの暖色系)は見事に揃って違和感がない。
Leicaflex SL + Elmarit 19mmF2.8 / FUJICHROME ASTIA100F
(C)Keita NAKAYAMA



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初代エルマリート180ミリで。絞り開放付近でもピントは素晴らしく、ただし画面右下はフレアでコントラストが落ちている。描写性能を十全に発揮させたい向きは黒ケント紙などで内蔵フード(有効長は僅か4センチ!)を延長して使うと良い。
Leicaflex SL + Elmarit 180mmF2.8 / FUJICHROME ASTIA100F
(C)Keita NAKAYAMA



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ウェッツラー製SLRの最終モデル、ライカフレックスSL2。60年代にはじまるフレックス系の系譜はこのモデル(生産期間は1974年ー76年)でいったん途絶える。機械式一眼レフとしての機能はほぼ完成の域に達し、軍艦部に刻印されたライツ社の銘も力感ある新書体に変更されたものの、より安価で多機能な日本製SLRの攻勢に抗うことはできなかった。装着レンズは「隠れた名玉」エルマリート28ミリ第一世代。
(C)Keita NAKAYAMA

『サンクチュアリ #1』

 耳に心地よい惹句は、いつも売り手の口から語られる。

「これ読んでみろよ」と無愛想に本を押しつけてくる友人が学生時代にいた。不思議なことに、僕は彼が本を読んでいるところを見たことがない。にもかかわらず彼の読書量はたいへんなもので、僕が一冊を読む間に軽く五冊以上は読破していた。
 見たこともないのになぜそれがわかるのかというと、僕以外にもいろんなひとに本を押しつけていたからだ。ちゃんと読んでいる証に、受け取った本の内容について話すと、読後間もない僕以上にきちんと筋立てを覚えている。小説であれば登場人物の名前、その台詞回しの一言一句をそらんじてみせるのだからたいした記憶力である。ただしこれも不思議なことに、試験の成績はいつも中の中といったところ。たぶん興味のないものに記憶力をつかうつもりがなかったのだろう。
 本の世界では彼の守備範囲は広く、でも僕に押しつけるのはいっぷう変わったものが多かったと思う。文学でも評論でも「売れ筋」とされるものが手渡されたためしはない。なかにはゴールディングの「蠅の王」みたいにメジャーなものもあったけれど、あれはまぁロングセラーではあってもベストセラーとは呼べない。
 いちど彼に、本屋で平積みされるような本は読まないのかと訊いたことがある。すると彼は「帯の文句が気に入らない」という。なるほど、当時の売れ筋書籍が腰巻きよろしく纏った紙には「何万部突破」などという文字が躍っていた。旧友はその(売れているから良書だといわんばかりの)短絡的なセールストークがお気に召さなかったようである。
 時代は変わって売り方はもっと巧妙になったけれど、売り手と買い手のすれ違いは今も変わらない。本屋のあるじは売れる本ばかり仕入れたがるし、図書館の司書は借りるひとのいない本を置きたがらない。そういうものなのだ。

 ライカの一眼レフは今も昔も影の薄いカメラである。日陰に咲く花、といえばイメージは悪くないが、ライカという大看板を背負っているにもかかわらず印象が薄いのはなぜだろう。
 旧知のカメラ屋さんを訪ねれば、ショーウインドーにはたくさんのM型にまじって申し訳程度の一眼レフライカが置かれている。なぜ数がすくないのかといえば、売れないからである。店主の言葉はもっと切実で、「できれば扱いたくない」という。理由は納得できるものだったけれど、いろいろ誤解のもとになるので書かないでおく。
 そういう供給側の事情とは別の話として、ライカの一眼レフがいつもなんとなく不安定なポジションにあるのは、製造側のお家事情に因るところもおおきい。それはライカの「凋落と再生」の歴史と重なるからだ。

※制作協力:脊山麻理子



2006年02月01日掲載

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