* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな (与謝野晶子・「みだれ髪」より)
Leicaflex SL + Summicron 50mmF2 / FUJIFILM Neopan400 PRESTO
(C)Keita NAKAYAMA



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上掲作とおなじく、ズミクロン50ミリ・絞り開放のポートレート。F2の口径比に対して被写界深度は浅めに見える。それにしてもこの解像感と立体感は何なのだろう。
Leicaflex SL + Summicron 50mmF2 /FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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愛用の楽器、77年製Musicman Stingray Bassと初代ライカフレックス。まるで脈絡のない取り合わせだがライカの硬質な梨地クロームメッキはドイツ的であり、米国製品に特有の分厚い鏡面クロームメッキ(燕三条にバフがけに出したみたいだ)とはやはり異質である。工具でいえばハゼットとスナップオンの対比にも似ている。ともあれ優れた道具には時代を超えてひとを惹きつける力がある。
(C)Keita NAKAYAMA

『サンクチュアリ #6』

 初代ライカフレックスのレリーズ感を褒めたところで、ふと思い直して手元にある新旧一眼レフボディと比較してみた。当時の国産機とは確かに雲泥の差だが、最近の機種まで含めるとそうでもない。たとえばニコンF90とミラーショックとレリーズの歯切れの良さは大差ないレベルである。といっても、時代の差を考慮すればこれはじゅうぶん賞賛に値する話なのだが。
 いっぽう巻き上げの感触は掛け値無しに素晴らしい。レバーのストロークはやや長めだが、その動きのなかに指障りなギアの感触やトルク変動が一切ない。まるでスケートリンクか油をたっぷりひいたテフロン加工のフライパンみたいで、これに比べれば他の一眼レフは陸上競技場か中華鍋といったところだ(このカメラに触った好事家のM氏は「巻き上げるためにレリーズしたくなる」と仰った)。
 まぁ巻き上げの感触がどんなに優れていようと、撮れる写真に違いはないのだけれど、この滑るような感触はたぶん歴代一眼レフ中随一だろう。これは間違いなくお金がかかったメカである。
 ボディのホールド感も良い。ボディ中央部は前後に深く、裏蓋はかなり強いアールで湾曲している。これはミラーボックスを大きく取ったため、つまり長焦点レンズ使用時の「ミラー切れ」を嫌って大型の反射ミラーを採用したツケみたいなものなのだが、結果として手のひらに自然に収まるカタチが実現している。重量バランスも申し分なく、長めのレンズを装着しても違和感なく扱える。
 こうしたカメラの骨格部分は往時のライツならではの精緻なつくりで、繊細かつ上品な感触は当時の日本製、いやドイツ製を含めてあらゆる一眼レフと一線を画すものだ。件(くだん)の外部露出計や空中像ファインダーの使いにくさはあるものの、趣味のカメラとしてはもっと見直されて良いと思う。

 ライカの初期一眼レフの魅力は、こうした機械部分の造作の良さだけではない。というより、ボディの欠点を補って余りある魅力を発するのがレンズ群である。なかでも1964年に初代ライカフレックスに併せて発売された第一世代ズミクロン50ミリは傑作で、地味目のスペックや外装にもかかわらず「ライツの最高傑作」に序すひともすくなくない。
 実は僕もこのレンズにハマったクチで、これがなければこの原稿を書くことも無かったかもしれない。構成図を見る限りでは変哲もないダブルガウス型(ちなみにM型用とは設計が異なる)なのだが、繊細さと力強さを併せ持つ描写には時代を超えた普遍性がある。いやむしろ、このレンズの収差の残り方が僕にはちょうど良いというべきか。

 さて、レンズの話はもうちょっと深く突っ込みたいところだが先を急ごう。一眼レフビジネスにおける捲土重来を図るライツ社は1968年に「ライカフレックスSL」を世に送り出す。初代フレックスの欠点を注意深く潰したこのカメラこそ初期ライカ一眼レフを代表する機種であり、高められた完成度によって日本製のライバルとも互角以上の勝負ができるはずだった。
 だが、致命的な弱点はすでにDNAに埋め込まれていたのである。

※制作協力:クニトウマユミ


2006年03月22日掲載

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