* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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上へ上へと向かう階段。
ひょいと 跳び乗れば ラクに上までたどりつく。
でもそこに意志がなければ つまづいて 吸い込まれて また元の場所。
(文・写真:クニトウマユミ)
(C)クニトウマユミ



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英国イースト・サセックス州ブライトンの海岸にて。The Whoのロックオペラを映画化した「さらば青春の光」のロケ地で、晩冬には静かな海が鈍い雲の下に横たわる……というのは嘘。実は東京近郊の人工海浜で撮影。
Leicaflex + Summicron 35mmF2 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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カール・ラガーフェルド撮影の写真集「Modern Italian Architecture」(独Steidl刊・ハードカバー・1999年・絶版)。Casa Malaparteとthe House in the Treesの二冊が立派な筺に収められている。前者は著名なイタリアの作家の別荘をロケ地に選び、独特の視点と色彩でとらえたもので、前半のカラーページにはインスタント写真を特殊な紙に転写した原稿が用いられた。テーマとなるマラパルテ邸はゴダールの映画にも登場する歴史的な建築で、1940年の完成。内部にはツァイス・イエナ謹製の耐熱ガラスなどが使われている。ラガーフェルドはカプリ島に現存するこの建物の撮影に5日間を費やしたという。

Special Edition 『ウソツキノススメ』

 カメラは正直者だが、写真は平気で嘘をつく。

 いろんな写真機材を詰め込んだ僕の部屋に、エアポケットみたいなスペースがある。じっさいに隙間があるわけではない。ただなんとなく避けて通っているために、そこだけぽっかり穴が空いているのだ。
 穴はいくつもあるけど、代表的なのはトイカメラだろうか。チープなつくりのローテクカメラは何台か所有しているものの、それで撮影する機会はほとんどない。
 持ち出さない理由はわりとハッキリしていて、目で観た映像とあまりかけ離れた絵に興味がないのである。もちろんローテクカメラが嘘をついているわけではない。ただ限られたコストと足りない技術の見返りとして、現実離れした写真が出来上がるだけなのだ。
 もちろん目に見える情報を正確に再現できるカメラやレンズなど、現実には存在しない。とはいえカメラ側の脚色が強くなると、逆に撮影者の個性は薄まっていく。演出が過剰に仕込まれたカメラは「押すだけ」で面白い絵ができあがる反面、誰が撮っても似たような写真になりやすい。ひところ流行したロモグラフィーなどが良い例だと思う。
 そういう写真を全否定するわけではないが、後追いでブームに乗っかったアートというのは、僕のようにスレた人間には鼻につくものなのだ。内装やメニューがやたらに懲りまくった店が、実はファミレスの直営だった、みたいな。こっちの趣味を見透かされているというか、こういう嘘はどうにも可愛げがなくていけない。

 トイカメラとはちょっと違うけど、インスタント写真というのもなかなか嘘つきな分野だった。だった、と過去形で書くのは、今では普通の写真とあまり違いがなくなっているからだ。80年代にフジのフォトラマが登場してからこっち、インスタント写真は猛烈な勢いで進歩して、リバーサルからのダイレクトプリントとほとんど見分けがつかなくなった。それまでのぼんやりした写真が嘘のようである。
 でもそれ以前のインスタント写真、有り体にいえば米国ポラロイド社の製品にはなんともいえない味があった。僅かな現像時間を経てできあがる写真は、撮ったばかりなのに数十年前の写真のようで、まるで待ち時間と引き替えに風景を過去に引き戻してしまうというか、そういう不思議な効果がインストールされているのだ。
 こうしたレトロな視覚効果というのはやはりある種の琴線に触れるようで、これで作品をものにするひともいる。ファッションデザイナーのカール・ラガーフェルドなど、このシステムを大真面目に操って、イタリアンモダニズムの階段建築を立派な写真集にまとめているほどだ。純粋に鑑賞する側にまわれば、これはなかなか素敵なものである。

 そういえば知り合ってずいぶん経ってから分かったことなのだけど、ハシバミ色の瞳もインスタント写真の愛好者だった。愛機はその昔に一世を風靡したSX-70というカメラで、折りたたむとシガレットケースみたいに真っ平らになる。クロームメッキのボディに茶色の貼り革がなかなかお洒落である。
 彼女が見せてくれた写真は、ラガーフェルドの写真集と同様に階段をモチーフに選んでおり、ちょっと退色したような色調と眠いコントラストで世界をつくるという、いにしえのポラロイド特有の嘘写真だ。彼女にとって「嘘くささ」というのはポイントが高いそうで、どうやら嘘と現実の境界線あたりに琴線が張られているらしい。
 そういうセンスに触れるような嘘はつけないけれど、僕も偶には写真機趣味の縛りから離れてみたいと思うことがある。でも嘘というのは才能のあるひとにしかつけないものだから、誰もよろこんで瞞されたりはしてくれないだろうな。

※制作協力:クニトウマユミ


2006年04月05日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部