* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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広角系エルマリートは繊細な合焦面と後ボケの素直さが魅力。70年代以降のライカレンズは絞ってもコントラスト感があまり変わらないので、つい絞りを開けて撮りたくなる。
Leicaflex SL + Elmarit 28mmF2.8 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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春を待つ雪兎。SLの部分測光(エリアが広めのスポット測光)はこういうシーンで威力を発揮する。
Leicaflex SL + Summicron 35mmF2 / FUJICHROME ASTIA100F
(C)Keita NAKAYAMA



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ニコンF2フォトミックとライカフレックスSL2。両者のカタチの違いは思想の差か、あるいは民族の美意識の違いか。交換可能なファインダーで一眼レフのシステム性を前面に出したF2に対し、SL系は自己完結型のデザインである。F2の最大の眼目であるフォトミックファインダー(写真は最初期型)は都合4回におよぶアップデートを受け、最終的にAi方式とSPD受光素子を採用した「フォトミックAS」に発展した。最新の技術を素早く投入したわけで、技術競争が激しい時代であったことがうかがい知れる。もちろんニコンがライバル視していたのはライカではなかったわけだが。
(Nikon F2機材提供:秋山薫氏)
(C)Keita NAKAYAMA

『サンクチュアリ #8』

 知人からニコンF2を借用した。ライカフレックスと比較するためである。
 ジマンではないが、僕は「Fひとけた」にあまり縁がない。いつも気には掛けているものの、これまでに所有したのはF3だけ。好きなカメラだったけど、現実にはFE2の稼働率が高かったりして(軟弱ですねぇ)今はもう手元にない。
 F2は72年のデビューだから、時代的にSLと真っ向からぶつかる。では両者はライバル関係にあったのかといえば、実はそんなことはぜんぜんなくて、これはまったく異なるカメラである。正直、二台を並べて眺めても触っても、共通点はほとんどない。レンズ交換式の一眼レフカメラで、横走りのフォーカルプレーンシャッターを積んでいて、そのシャッター速度が二千分の一秒まで出せる、ということくらいか。
 じっさいこのふたつのカメラの購入を考えるひとが、どっちにしようか迷うということはまずないだろう。現役だった頃は価格があまりにかけ離れていたし、それが接近した今でも両機はまるで別の方向を向いている。というか、それぞれ別の次元にあって異なるオーラを発している。
 カメラとして取っつきやすいのは、意外にもSLの方である。普通に機械式カメラを扱ったことのあるひとなら、誰でも迷わず操作できる。F2も難しいところはないのだけど、フォトミックファインダーや例の「蟹の鋏*」など、取説なしで扱うのはちょっと苦しそうだ。どちらもTTL開放測光に対応するため、レンズとボディの連動機構を後から加えた(ニコンはFフォトミックの時代からここで苦労している)のだが、70年代初頭の時点でその解決法はライカの方がずっとスマートであった。
 では使ってみてどうか。
 写真を撮る道具としてはどちらも信頼に足る。「これで充分」とは言いたくても言えないけれど、豊かではなくても必要最低限に文化的な撮影スタイルが実現されている。ただし両者の感触はまるで違っていて、F2がレーシングマシンだとすればSLは高級スポーツカーである。あいにくどっちも運転したことのない人間が書いているので、これは妄想だと思っていただきたい。
 何がいいたいのかといえば、F2の設計目標には「撮影の快適性」などという生ぬるい項目はたぶんなかったということだ。いやトータルな意味での快適性はじゅうぶんに確保されている。巻き上げも軽いしレリーズ感も歯切れが良い。でもそういうのは性能追求の副産物として生じたものだろう。このカメラで最優先されているのは、精密な写真を確実に撮れることである。
 いっぽうSLはというと、ひとつひとつの操作感触が官能的尺度で吟味されている。それは通り一遍の軟らかさとかスムーズさとか、そういう次元の話ではない。すべての操作系の感触が上質で、しかも人間の五感に心地良く響くようきちんと揃えてあるという、曰く言い難い高品質感である。顧客満足の前に設計者の自己満足があるというか、作り手のなかに「高級カメラとはこういうもの」という確固たるイメージがあったということだろうか。
 だがそれを達成するためのコストは表からは見えないし、中を覗いても分かる人にしか分からない。僕もよく分かりません。でもお金のかかりかたという面で初期の一眼レフライカに肩を並べるのは、当時の35ミリ一眼レフではたぶんコンタレックスとキエフ10、あとはスイスのアルパくらいか。どれも商業的にはたいした結果を残せていないカメラばかりで、それは一部のひとを相手にしていたのだから無理もない。
 公道向けにレーシングマシンを売りさばいて成功した日本のカメラづくりは、やはり偉大だったと思うのである。

※制作協力:クニトウマユミ

*注:「蟹の鋏」=ニッコールレンズに付けられた絞り情報伝達爪。開放測光でレンズ側の絞り情報をボディに伝えるために設けられた。これを必要としたのはニコンFフォトミック〜F2中期のおよそ十年あまりだが、機能がカタログ落ちして30年経つ今もマニュアルニッコールレンズにはちゃんと付けて売られている。ちなみにライカはレンズマウント内側の連動カム増設でこの機能を実現した。


2006年04月12日掲載

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