* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文/中山慶太 --->Back Number


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なにかに執(とら)われてしまうと、必ずなにかを忘れてきてしまう。
でも、なにかに執われないとなにもできない。
(文・写真:クニトウマユミ)
(C)クニトウマユミ



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人工の光たち。
この日見た夜景は、なぜだかキレイと思えたんだ。
(文・写真:クニトウマユミ)
(C)クニトウマユミ





Special Edition 『イノセント』

 いぜんにもどこかに書いたことがあるような気がするけれど、カメラを弄りはじめた頃は長い長いレンズが好きだった。といってじっさいに使ったわけではない。カタログを眺めてその逞しい外観と、遠くのものを引き寄せる強力なパワーに憧れていただけである。弱い人間は自分に欠落したものをなにかで補おうとするのだろう。
 長いレンズをカメラに付けて、いったいそれでなにを撮ろうと考えていたのか。思い出せないということは、たぶんなにも考えていなかったのだ。というより、カメラを操っている自分が妄想としてあるだけで、撮りたいイメージなどどこにも無かったのだ。
 今そうやって未熟なカタログマニアだった我が身を思い返して、人知れず赤面するかというと、それがそうでもない。欲しいレンズの長さは行きつ戻りつしているけど、そして撮りたいイメージも少しは浮かぶようになったけれど、道具から入るという道順は相変わらずである。手段から結果を導き出す。結果がおなじならそれでもいいか、と開き直ったりしている今日この頃である。そうそう、カタログは集めなくなりました。

 そういえばひと頃、カメラを首から提げた若い女性が妙に増殖したことがある。彼女たちが持っていたのは判で押したように銀色のカメラで、なぜだかニコンが多かった。写真を撮るということが目的なら、べつだん黒いプラカメラでも良さそうなものだけど、シルバーのメタルボディの方が服に合わせやすかったのか。
 そういうファッションの一部に取り込まれたカメラを街中で見かけることは、ここ数年でずいぶん少なくなったような気がする。彼女たちは今でも写真を撮っているのだろうけれど、あのカメラたちはどこに行ったのか、誰かにちゃんと使われているのか、ちょっぴり気がかりだったりもする。

 というような感傷に浸っている僕に向かって、ハシバミ色の瞳が数枚の写真を差し出した。喫茶店(カフェじゃありませんぜ)のテーブルに置かれたプリントは、この春に友達とお花見かなにかに行った時のものらしい。これ何で撮ったの? ええっと、祖父の使っていたカメラです。色は何色? 銀色ですよ。
 いっしゅん「あぁまたか」と思ったけれど、考えてみれば彼女のお祖父さんの時代には銀色のカメラが主流である。しかもそのカメラ(まだ見せて貰ってない)には露出計も付いていなくて、彼女はそれを使うために自前で単体の露出計を買ったのだそうだ。
 そうやって自分で光を測りながら彼女が撮った写真は、写真的である前に優れて観察的である。その時の自分の興味の対象を追いかけて、その過程で目に映ったものを飾らず正直に記録している。高い構造物があれば、それを見上げて一枚。それから上に登ってまたいちまい。そうだ、写真にはこういう役割もあったんだ。

 音楽家で詩人で画家のジョニ・ミッチェルは、60年代に発表した作品“Both sides Now(青春の光と影)”のなかで、こんなことを歌っている。「子供の頃アイスクリームのように見えた雲が、雨や雪で行く手を阻む。おとぎ話みたいに想像していた恋は、人の噂で自分を傷つける。ふたつの側面からものごとを観るようになった今も、私は人生のことをまるで知らない」と。

 想像する前にまず観察。レンズの長さに悩む前に、なにを撮るべきかを見極める。いつまでもそれに気付かない僕は、つまり写真のことをまるで知らないのである。


2006年05月10日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部