* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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背景の人を切るためレンズを広角から標準に換える。永らく距離計連動機を使ったおかげで、こんな場面でもズームが欲しいと思わなくなった。
Leicaflex SL2 + Summicron 50mmF2 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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撮影距離を短く取れば、パース感が強調されるポーズを自然に繰り出す脊山さん。エルマリート19ミリはSL2でようやくピントが見えるようになった。
Leicaflex SL2 + Eimarit 19mmF2.8 /FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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マクロエルマー100ミリに「下駄を履かせた図」。等倍アダプターで最短撮影距離を縮める手法は、国産レンズではもはや過去のものだがライツは未だにこれをやっている。ところで僕が所有するこのレンズ(1978年のドイツ製)は鏡胴の仕上げにバラつきがあり、部材によって黒色メッキの色が露骨に違う。ライツらしからぬ品質管理の甘さは、当時の企業力の低下を物語るところか。SLに下敷きにされた楽器は独Warwick社の5弦ベース。硬い曲線の使い方と土台をがっちり固めた機構設計はこれもやはりジャーマン・デザイン。
(C)Keita NAKAYAMA

『サンクチュアリ #12』

 良い店の条件とはなにか。ホテルやレストランを例に取れば、それは通り一遍の心地よさではない。いつ訪れても変わらない空気が流れていること、そしてその空気のなかに経営者のフィロソフィーを感じ取れることだ。そして(ここがいちばん重要なのだが)訪れた客にある種の晴れがましさ、言い換えれば緊張感を強いることも大切だ。
 たとえば「フレンドリーなスタッフが、どんな客にも分け隔て無く接する」こんな口調で褒める記事を偶に目にするけれど、そんなのは質の高いサービスとはいえない。朝食やランチならラフな格好もまぁ許すとして、ディナーの席にトレーナーで入ってくるような客はさり気なくたしなめるべきである。なぜかといえば、それで空気が壊れるからだ。
 いや失礼、カメラの話だった。

 見当違いというお叱りを承知でこういうことを書くのは、僕はライカというカメラにフレンドリーな部分を求めていないからである。かといって尊大に過ぎるわけでもない。こちらが居住まいを正して接したくなる、そういう感触こそライカの魅力ではないのか。
 そして、ライカフレックスの時代には確かにそれがあったと思うのだ。
 シャッター速度の設定を例に取ろう。ライカの一眼レフは例外なくここに特大のダイヤル部材を採用してきた。それは初代フレックスから現行のR9まで続くライカの個性である。伝統のM型よりも遙かに大型の部材を採用したのは、一眼レフシリーズが最初から露出計を内蔵しており、ライツの技術陣はここに中間スピードの設定が必須と考えたためだろう*。絞りを変えたく無い場合など、確かに有用な機能である。
 ところがライツの親切心というのは、ある線を越えると拒絶に変わる。初代フレックスやSLではダイヤルの操作感が重く、また規定値でのクリック感も強すぎるため折角の中間スピードが上手く設定できないことが多い。だからこれらのカメラを使うときは、きちんと指を立てて正しい力で「意志を込めて」操作しないといけない。そんなの操作感を軽くすればいいじゃないかって?
 それは確かにそうなのだ。現にM5の思想を採り入れたSL2ではそのように改変され、指の腹で軽く設定できるようになった。おかげでフレックス〜SLにあった、あの統一された操作感触は崩れ、スタッフが思い思いの動きをするホテルよろしく、あちこちの部材がそれぞれ別のカメラから寄せ集めたみたいになってしまった。
 先にフレックス系の個性と価値を「不変の味付けとサービスの提供」と書いたけれど、このシリーズもこうやって代を重ねるごとにフレンドリーに、言い換えれば普通のカメラに近づいていくのである。

※制作協力:脊山麻理子

*注:ライカフレックスシリーズは一部の速度域を除き、シャッター速度を無段階に設定できる。これらのカメラがカタログに載っていた当時のフィルム性能を考えると必要性に疑問はあるが、現在のリバーサルフィルムを使う場合などなかなか重宝する。


2006年05月24日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部