* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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19ミリの画角は屋内でもてあまし気味。画面を上手く整理できるチャンスは滅多に来ない。
Leicaflex SL2 + Eimarit 19mmF2.8 / FUJICOLOR SUPERIA Venus400
(C)Keita NAKAYAMA



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集合写真は長いレンズを。顔が切れてしまった方には申し訳ないけれど、主役の撮影に徹することもたいせつだ。
Leica SL2 + Summicron90mmF2 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA





Special Edition 『許されざるカメラ(2)』

 新婦は都心のホテルで化粧を済ませてドレスを着込み、それを迎えにきた新郎とともに式場に向かう。そういう手はずが判明したのは前日で、締め切り間際の原稿をかたづけてホテルに到着したのが出迎えの30分前。化粧中の新婦を撮らせていただけるとのこと、御法度の場にカメラを持ち込めるのは先着した達人の交渉力のたまものである。
 案内された部屋で、純白のドレスに身を包んだ花嫁さまを、挨拶もそこそこに撮り始める。実は彼女とはこれが初対面。たがいに会話も弾まず、さぞかし撮られにくかったに違いない。
 で、M5のフィルムを10コマほど消化したところで巻き上げの感触が違うことに気がついた。給送の軽いライカといえども、これは手応えがなさすぎる。空シャッターで底面クランクの動きをチェックすると、スプールに巻き付いていないらしい。装填の失敗は凡ミス中の凡ミスだが、こんな失敗は初めてである。
 すぐに気付いたため大事には至らなかったものの、またSL2の併用で必要なカットはカバーしたとはいえ、暗黒の空間に虚しく消えた絵は取り戻せないのだ。

 場所を式場に移した後は助っ人がもうひとり加わり(なんと某カメラメーカーのセンサー技術者が二眼レフ持参で登場)、肩の負担はさらに軽くなる。とはいえチャペルのある建物は薄暗く、外光と人工光源が混在するので露出の決定はけっこう難しい。多分割測光に任せてしまえれば撮影に集中できるはずだけど、二台のライカはスポット測光である。新婦のドレスと新郎の燕尾服と、それに顔と背景の露出差を測って計算するのは、算数が苦手な僕にはなかなか厳しい作業なのだ。
 式の直前、神父さまに呼ばれて撮影の注意を受ける。式を記録する撮影者はひとりだけ。立ち位置は祭壇の横、ここからこっちには出ないこと。なるべく静かに撮影すること。はい、そう聞いていたので静かなカメラを持ってきました。そういう僕のカメラを観て、神父さまは優しい微笑みを返してくれたのだが。
 キリスト教式の結婚式というのは何度も出席しているけれど、この日ほど会場が静かに感じたことはない。というより、普段は気持ちよく感じるライカのレリーズ音が単なる騒音に堕したことはなかった。賛美歌の合唱や二人の誓いの言葉や、そうした式次第の合間に訪れる沈黙。その度に僕のカメラが発するシャッター音がチャペルにけたたましく鳴り響く。
 それは撮影者の耳元では、まるで軍楽隊の太鼓や銅鑼のようで、レリーズする度に神聖な儀式を土足で踏みにじる思いである。ピントを合わせてバシャリ、絞りを変えてまたバシャリ。SL2ってこんなにうるさいカメラだっけ?
 最後列にいた方によれば、式のあいだレリーズ音は絶え間なく響いていたけれど、そんなに気になる音量ではなかったそうだ(M5の音は聞こえなかったとか)。となるとあの騒音は、たんに撮影者が小心だということの裏返しなのか。

 後日に上がったプリントは、「旧いカメラを使ったにしては」まぁちゃんと撮れているというレベルであった。友人夫妻には喜んでいただけたようだけど、悔いもたっぷり残っている。こういう場所で撮影を頼まれたら、迷わずAFとAEと多分割測光、それにズームが付いたカメラを使った方がいい。同席されたベテランお二人はちゃんとそういう機材を持参されていたのだ。
 というわけでなかなか心の負担が大きい結婚式の撮影だけど、ひとり撮る側にまわって良かったと思えることもある。それは知らない賛美歌を知っているフリをしながら歌わずに済むということである。


2006年06月14日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部