* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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場末感ただようハーバーにて。ハレっぽい描写は古典的だが、そこをポジティブに捉えて撮ろう。
Pigeon 35+ Tomioka S-Lausar 45mmF3.5 / FUJICOLOR Pro400
(C)Keita NAKAYAMA



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曇天では色が乗りにくいSローザ。なるべく彩度の高いフィルムを使った方がよさそうだ。
Pigeon 35+ Tomioka S-Lausar 45mmF3.5 /FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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戦後日本のカメラ産業を下支えしたのは有名無名の大衆機たちだった。ありとあらゆる動物を詰め込んだ方舟さながら、荒れる海に漕ぎ出した玉石混淆のカメラたちの行く末は。

『鳩によせて ー或る戦後国産カメラの物語ー #1』

 旧約聖書の「創世記」第八章は、方舟の物語として知られている。神の怒りに触れて洪水に覆われた地表で、その無垢なる魂により難を免れた(あるいは再生の重荷を背負わされた)あの男のお話である。
 洪水が収束しかけた頃、方舟の主は船の外のようすを探るため、鳥を放つことを思いつく。さいしょにカラスで、次に鳩で様子をみるが、どちらもすぐに戻ってきてしまった。三度目の試みで鳩はオリーブの葉をくわえて戻り、四度目の鳩は戻ってこなかった。方舟の主はそれによって水が引いたことを知ったという。
 有名な逸話だが、男の判断には疑問も残る。なぜなら鳩は鳥類のなかでも帰巣(きそう)本能が強い種で、それを利用したメッセンジャー・サービスやレースも行われているほどだからだ。研究者によれば、旧約聖書の洪水は紀元前三千年ころに起きたそうだが、ほぼ同時期の古代エジプトで伝書鳩が利用されていたという記録も残っている。方舟の主たるもの、そのくらいの習性を知っていても良さそうである。つまり四度目の鳩が帰還しなかったら、それは「水が引いた、ラッキー」と喜ぶよりも「なんかヤバいことが起きたらしい」と先行きを案ずるべきなのだ。
 ともあれ、この故事よって「オリーブをくわえた鳩」は吉報をもたらす使者のイコンとなる。そしておなじ宗教から派生したキリスト教では、鳩はたんなるメッセンジャーから吉兆のイコンに昇格する。

 キリスト教における鳩のイメージは、三位一体*のひとつである「精霊」のメタファーと説明されている。このイメージがもっともよく表れているのが、ルネサンス期の画家が好んで描いた「受胎告知」だろう。天使ガブリエルが聖母マリアに妊娠(処女懐胎)を告げる場面を描くこの絵では、鳩は天上よりの使者として飛来する。くちばしのオリーブはもちろん無いが、聖母の純潔性のシンボルである白百合とセットで描かれることが多い。
 ただしこのお約束には例外もあって、たとえばフラ・アンジェリコやレオナルドなどの作品には鳩や百合を省いたものもある。省略の理由は定かでないけれど、平面的な構図で絵が煩雑になることを嫌ったのかもしれない。レオナルドは若いころから構成主義だったし、彼の「受胎告知」は要素を絞ったことで成功している**。主題を強調するなら、画面上の構成要素はなるべく絞ること。これは写真にも通じるセオリーである。

 精霊のシンボルがなぜ鳩になったのか。そこには先の旧約聖書からの引用もあるにせよ、鳩という動物の性質や生態に拠るところもおおきいように思える。渡りの習性を持たず、野山だけでなく街中にもよく群れをなして定住し、その生息域はたいへんに広い。宗教画というのは現代の広告宣伝ツールの原型のようなものだから、ユーザーが容易にイメージできるような仕組み、言い換えれば「分かりやすさ」がたいせつだ。
 つまり宗教家たちが鳩という動物をキャスティングしたのは、いわば「どこにでもいる、ありふれた」種であることが重要だったのだ。古代より食用に供されることも多かったこの鳥は、いろいろな意味で人間に近しい存在だった。そして多くのひとの悩みや苦しみに救済をあたえるなら、格別に高貴でも稀少でもない種がシンボルとして相応しい。
 鳩はそういう希有なキャラクターで、何千年にもわたって人類に希望をあたえてきた。だがこの鳥が東洋の小国で素朴な写真機に転生するには、もうひとつ二つのステップが必要だった。

※制作協力:脊山麻理子


*注1:神とキリストと精霊を等格とするキリスト教の教義。

**注2:レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」は1475年、彼が23歳のときに完成させた作品といわれる。画面構成や主題の捉え方はレオナルド独特の超越的なもので、中期ルネサンスを代表する傑作とされる。現在もフィレンツェ・ウフィツィ美術館でもっとも重要な展示品のひとつであり、同時代の作家だけでなく後年のティツィアーノやエル・グレコ作品と比較するのも面白いと思う。



2006年09月13日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部