* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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「否定するより  受け入れる強さ を」
わたしはちょっとしたネコ使いです。
(文・撮影:クニトウマユミ)
Asahi Pentax SV + SMC Takumar 50mmF1.4
(C)Mayumi KUNITOU



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A girl meets toy in the attic.
Leicaflex SL2 + Summicron 90mmF2 / FUJICOLOR NATURA 1600
(C)Keita NAKAYAMA





Special Edition 『トイ・イン・ジ・アティック』

 女の子は誰でも心のなかに鍵を掛けた部屋を持っている、のだそうだ。

 ハシバミ色の瞳をした彼女に出会ってからもうすぐ1年になる。その間あちこちに出かけて写真を撮って、いろんな話をしているけれど、相変わらず謎の部分は謎のままだ。撮影者と被写体とのあいだには一定の逃避距離があって、それは時と場所によって伸び縮みもするのだが、ある限界を超えて近づくことはできないことになっている。

 秘密の扉はいつも閉じているから面白い。でもちょっぴり覗いてみたくなることもある。そこで彼女に愛用のカメラについて短い文章を寄せてもらうことにした。メールで届いたのは、彼女の日常にあるモノへの気持ちを淡々と綴った一文だった。読んで面食らったのは、そこに記された感情の起伏がとても小さく感じられたからである。正直、僕ならもっとドラマ仕立てで書くだろう。
 でも人生において劇性に満ちた出来事というのは、たとえ屋根裏であろうと、そんなに転がっているものではない。それなら脚色を加えるよりも、そこにあるものをあるがままに書き写した方がずっといい。それは写真にも通じることである。
 それでもこの原稿を読むと、彼女の秘密の部屋を少しだけ覗けたような気がする。たぶん今の僕にはそれで充分、引き出しに合鍵を探したりするのは止めておこう。


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  デアイ
byクニトウマユミ  


「どうしてそのカメラで撮っているの?」

 わたしが唯一所有しているカメラには、ASAHI PENTAX SV とかかれている。No.613667。恥ずかしながら、この原稿を書いて初めてこんな記号が記されていたことを知った。
 わたしの両親が新婚旅行に行く際、父方の祖父から譲り受けたというこのカメラは、わたしが物心ついた頃、誰の心にも留まらずにほこりをかぶったまま屋根裏に眠っていた。むっとしたにおいのするやや重ための空気が広がるその空間が好きで、一人で上ってはいつ捨てられてもおかしくないようなガラクタたちの中で、わたしはよく絵本を読みながらうたた寝をしていた。
 このカメラも、そんなガラクタのうちの一つだった。・・・はずである。特別何かに使われているというわけではない棚の上に無造作に置かれていた様子から、丁重に扱われていたとはお世辞にも言えない。旧式のすこーし小難しいカメラ。きっとそんな存在。
 いつ、どんなきっかけで私がこのカメラを手にしたのかは記憶にないけれど、屋根裏に上ったときになんとなく目が合うといつも、いろんな仕掛けをいじっては面白がっていたということは覚えている。

「どうしてそのカメラで撮っているの?」

 その答えはいたって簡単。

『ただここに在ったから。』

 重たくて、自分で光を測ってピントを合わせなきゃならなくて、ろくに手入れもされてない時代はずれのおんぼろカメラだけど、写真を撮ってみたいと思ったときにこのカメラはわたしの一番近くにいた。

 わたしとこのカメラが一緒にいる理由はそんなものだけど、あの時わたしのそばにいたのがボタンをポチッと押せばなんでも写しだす、少し冷たい完璧主義のカメラだったとしたら、わたしは今でも写真をとっていたのかなぁと、時々、思うことがある。


撮影協力:高尾山「山の神」


2006年11月08日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部