* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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外が見えるエレベーターはいつもわくわくする。
Leicaflex SL2 + Elmarit 28mmF2.8 / FUJICOLOR NATURA 1600
(C)Keita NAKAYAMA



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東京でいちばん高い窓。こんな日没後の外光でも撮れるのは高感度フィルムのお陰だ。
Leicaflex SL2 + Elmarit 28mmF2.8 / FUJICOLOR NATURA 1600
(C)Keita NAKAYAMA





Special Edition 『勿体ない(2)』

 行きつけの図書館(なんか妙な言い回しですね)に備えられた端末で蔵書の目録を漁っていると、いつも時間がたつのを忘れてしまう。キーワード検索でふるいに掛けられた書名は、まぁ見当違いのものがほとんどなのだけど、なかにはめっぽう面白そうなものがあって、つい脳内で立ち読みをしてしまう。
 そうしてめぼしい書籍名とその管理ナンバーをメモに写し終え、席を立つと窓の外が暗くなっている。それほどに愉しい作業か、というとそんなことはなくて、ただアタマのなかから雑念が消えているということだ。自宅でカメラを磨きながら過ごす時間にも似ているだろうか。

 こうしてずいぶん利用価値が高まった図書館の蔵書だけれど、それでも蓄積された情報はごくごく一部しか活用されず、残りの大半は死蔵に近いはずだ。考えてみれば、これは僕らカメラ好き(写真好きに非ず)のコレクションだって一緒である。一度の撮影行で持ち歩けるカメラはせいぜい数台、一瞬を切り取れるのはそのなかのただ一台だけなのだから。
「人間の首はひとつしかないから、提げるカメラは一台あればいい」とは、僕のような人間によく投げかけられる言葉である。確かにその通りだし、ほかならぬ写真機好きがこのセリフを自嘲気味に吐くことも多い。さいきんの良くできたズームレンズを使えば、撮影前にいちいちバッグの中身と相談する必要もないだろう。
 でも、と思う。使われないカメラというのは、読まれない本といっしょで、ただそこにあることに意味があるのだ。今は棚の上で惰眠を貪っていても、いつかその秘めたる価値が見いだされる時が来るかもしれない。書籍も写真も写真機も、二度と戻らない過ぎた時間をちゃんとそこに止めておいてくれるのだから。
 いや、そんなに大袈裟なことではないかもしれない。情報も道具も、きちんと利用されてこそ価値がある。そんなことはあたりまえなので、ひとつ付け加えるなら、それを次の時代に伝えていく、というか、きちんとしたカタチで遺していく努力も必要だ。書籍は図書館や古書店にお願いするとして、旧いフィルムカメラはどうすれば遺していけるだろう。
 ちょっと矛盾した答えだが、それには「カメラにフィルムを通し続ける」ことが早道だと思う。

 図書館の帰りに、銀座のカメラ店を覗いてみた。いぜんは綺麗に磨かれた名機が惰眠を貪っているようで、勿体ないなぁ、と思ったものだ。でもその日は、有名無名のカメラたちが「ただそこにある」ことが、ひどく頼もしく感じられた。
 そういえばさいきん、カメラを磨いていない。

(以下次号:「鳩によせて」は2月より再開します)

※制作協力:脊山麻理子


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2007年01月17日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部