* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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こういう背景も都心に少なくなってきました。
Leica M5 + Summicron 35mmF2 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA



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被写体好みのアートな壁面。
Leica M5 + Summicron 35mmF2 / FUJICOLOR Reala ACE
(C)Keita NAKAYAMA





Special Edition 『勿体ない(3)』

 その昔に、TVではお見合い番組が人気を博していたことがある。ほんらい男女のお見合いとは個人のプライヴェートな領域のど真ん中、つまりいちばんコアな部分のはずだ。だからこれを衆目に晒してショー化するというのは、人生の無意味性を暴き立てるようなもので、その意味で実によく考えられた企画といえた。
 番組の終わりに、女性が相手を値踏み(言葉が乱暴ですみません)して、意に沿わず交際を断る場合にもちいる常套句が「私には勿体ないひとなので」というものであった。ちなみに男はどんな相手でも断らないことが原則である。
 現実のお見合いで、こういうセリフが先様に伝えられることがあるかどうか、よく知らない。でも想像するに、そういう具体性のない言葉では失礼にあたるとして却下されるだろう。慣習というのは読んで字のごとく皆が慣れ親しんだ習わしのはずだが、お見合いに慣れたひとなんてそうはいないはずだ。言葉とは難しいものである。

 ネット上で調べたところ「勿体ない」の勿体はもともと「物体」と書かれ、もののあるべき部分や本来の姿を表す語であったという。それが転じて「本来あるべきものがない」から「惜しい」「自分には不相応だ」などの意味に使われるようになったのだそうだ。
 僕にとって不相応なものといえば、それは胸に手を当てるまでもなくいくらでも心当たりがある。「勿体ないリスト」のいちばん上に来るのは写真機材、ではなくて被写体である。特にこの連載で撮らせてもらっているひとたちには、いつも申し訳ないと思っている。それはアガリの出来不出来ということだけではない。そうではなくて、たんに写真を撮るだけなら、現代の多機能高機能なカメラを使った方が撮影行は身軽で、被写体の負担もずっと軽くなるし、不用意な失敗でアタマを下げる機会もすくなくて済むだろう。
 にもかかわらず彼女たちが協力してくれているのは、これは僕の技術とかが見込まれているわけではなく、旧い写真機材の魅力に因るところがおおきいと思う。

(以下次号:「鳩によせて」は2月より再開します)

※制作協力:脊山麻理子


2007年01月24日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部