* 週刊フォトエッセイ*

Classical Photo-gear Explorers 東京レトロフォーカス

  文・写真/中山慶太 --->Back Number


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ドイツ製カメラレンズに合わせてドイツ製の楽器を。
Leica M5 + Summicron 35mmF2 / FUJIFILM Neopan400 PRESTO
(C)Keita NAKAYAMA



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新しめのカメラもちゃんと使ってます。
FUJIFILM NATURA-S + Super EBC FUJINON 24mmF1.9 / FUJICOLOR Pro400
(C)Keita NAKAYAMA





Special Edition 『勿体ない(4)』

 この連載用のロケでは、撮影途中でカメラの調子が悪くなることが偶にある。いぜん脊山さんと行った上海ではキエフというカメラのシャッターが不動になったし、別の時にはローライフレックスのオートマット(自動巻き止め機構)が壊れてフィルム送りができなくなった。エキザクタを使ったときは、折角撮ったフィルムが巻き戻し途中で千切れた、なんてこともあった。
 まぁそんなことが続くと、こちらにもフェイルセーフという名の猿知恵が身に付く。サブ機は必ず二台以上持っていくようになり、フィルムは多めに用意して、単体の露出計も忘れずバッグに入れてある。その代わりに持ち歩かなくなったものもあって、初期の頃には必ず持参していた三脚とレフはもうずっと家に置き去りだ。
 これはちゃんと書いておくべきなのだけど、旧いカメラの描写性能をきちんと知るならカメラは三脚に据えて撮った方がいいし、光線の具合によってはハレ切りも必要だろう。昔の写真家たちは皆そうやって機材の不備をカバーしながら撮っていた筈で、そういうお作法を忠実になぞるのも古典カメラの愉しみではある。
 とはいうものの、旧いカメラはそんなに特殊な道具ではない。写真の基本を知って使い方をきちんと押さえておけば、そして日頃の手入れを怠らなければ、わざわざ旧いお作法を守る必要もなく、あとは使い手が撮りたいように撮ればいいのである。

 古典的な写真機で撮ったアガリに対し、いろんな人がいろんな感想を寄せてくれる。いちばん多いのは「空気が写っていますね」というもので、それはレンズのハレっぽさ(=内面反射によるコントラスト低下)によるところが大きいような気がしているけど、それだけでもなさそうだ。思うにそれは被写体と過ごす時間の流れ、ゆったりとしたリズムが写真に写っているからではないだろうか。

 すぐれた被写体も高価な写真機材も、自分には勿体ない。そう思いながら、ではその不相応な「分」を埋め立てるにはどうすればいいのか、いつも考える。たぶんその答えはなかなか見つからないと思うけれど、そんなに焦る必要もない。旧いカメラたちは、現代の忙しい競争関係とはまるで別のところにいるからだ。

(連載中の「鳩によせて」は2月より再開します)

※制作協力:脊山麻理子


2007年01月31日掲載

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マカロニ・アンモナイト編集部